Architecture
都市型パッシブデザインの家 自然素材にこだわり
経年美を楽しみながら暮らす
住宅密集地でのパッシブデザイン
太陽の光や熱、風など自然エネルギーを最大限に活用し、エアコンなどの設備に頼りすぎることなく快適な暮らしを実現する“パッシブデザイン”。その設計手法を取り入れた家づくりに定評のあるオーガニック・スタジオの代表・三牧省吾さんが4年ほど前に建てた新居は、住宅密集地でのパッシブデザインの可能性を追求した実験住宅である。
「この敷地は、南側と西側に3階建ての住宅が隣接しているため日当たりが悪く、しかも台形の小さな変形地のため、売れ残っていた物件でした。ただ、北東側は小さな水路と遊歩道があって開放的。ここなら悪い面を建築的に解決できるのではないかと思ったのです。もともと売れ残りには良いものが隠れていると考えていたので、まさに探していた物件でしたね」。
3階までは南側からの陽射しが望めないため、屋上へ向かう階段室の窓から太陽光をたっぷり取り入れるよう工夫した。窓には断熱効果の高いペアガラスを採用し、床にはレンガを蓄熱材として使用。また、階段室の屋根には太陽熱集熱パネルを設置。1階まで貫く螺旋階段を利用して暖気を送り、暖房の補助としている。高い断熱性能を有した家は、まるで床暖房を入れているかのように足元まで暖かい。
日当たりの良い家を希望していた奥さまは、この土地を最初に見たときは青ざめたという。「南側が開いていなくても、こんなに暖かくて明るいなんて目から鱗でした。家の中が一定の温度で快適です」と話す。
全フロアが一続きの自由な空間
25坪弱の敷地に建つ三牧邸。「緑に触れる暮らしがしたくて屋上に庭を造りました」と三牧さん。20畳ほどの屋上スペースでは軽量土壌によるガーデニングを行っている。夏にはナスやピーマンなどの野菜やハーブ類など、ここで収穫した食材が食卓を彩る。また、ウッドデッキでビール&バーベキューをしたり、メダカのビオトープも楽しみのひとつという。
土や水の重みに耐え、木造でありながら耐震性を確保できるのは、SE構法を採用したため。さらに、自由な空間構成を楽しめるのもSE構法の利点である。
三牧邸は、1階のゲスト用トイレ以外には扉がない。2階にはLDK、3階にはバスルームと寝室があるが、扉や仕切りを設けることなく、全フロアで1つの空間を実現。風や空気が通り抜ける心地よい家となった。
「ドアのないバスルームを実験的にやってみたかったのです」とは三牧さん。「トイレもシャワーブースも死角になっているため、ドアがなくても気になりません」と奥さまも不便さは全く感じないという。
開放的でホテルライクなバスルームには、奥さまが勤務しているドイツの設備メーカーの商品を使用。すでに廃盤になっている貴重なものもあり、上質な空間づくりに一役買っている。
「いつか使いたいと思って個人的に大切に取っておいたお気に入りの水栓たちをあちこちに使用することができて、とても嬉しいです」(奥さま)。
心地よいラスティックスタイル
家を建てるにあたり奥さまが三牧さんに伝えたのは、「どのような暮らしがしたいか」ということだったという。
「生活の中で、自分がしたいことや楽しみたいことを伝えました。例えば、お酒をゆっくり家で飲みたい、という具合に」。
大きな作業台を設えた2列型のキッチンは、奥さまのそんな希望から生まれた。
「お酒にあわせて作ったおつまみを作業台に置いて、飲みながら、つまみながら、また調理する・・・。2人で一緒に料理を作り、飲んだり、会話したりできるキッチンが理想だったんです」。
また、「真新しいものではなく、素朴で荒々しさがやや残るラスティックな雰囲気もイメージとして伝えました」とも。漆喰やタイルの壁、全国各地の木材を使用した床や造作の家具など、年月が経てば経つほど味わいが増す自然素材にこだわった空間は、アンティークの家具や雑貨とも調和している。
「コロナ禍で在宅勤務になり、家にいる時間が圧倒的に増えました。それだけに好きなものに囲まれた居心地の良い空間で、好きなことをすることの大切さを感じますね」と奥さま。
三牧さんも「料理していても、掃除していても、何をしていても、暮らしているだけで楽しい家になったと思います」と。
何気ない日常を存分に楽しまれているお2人の表情は、充足感に満ちていた。
三牧邸
設計 オーガニック・スタジオ
所在地 埼玉県さいたま市
構造 木造SE構法
規模 地上3階
延床面積 136.89㎡