Architecture

ギャラリーのある三角の家インスパイアしてくれる空間で
快適に暮らす

ギャラリーのある三角の家 インスパイアしてくれる空間で 快適に暮らす

東海道沿いの三角の家

「ニューヨークからの帰国後、妻に“すごくいいから”と言って自分の地元の藤沢で土地を探し始めたんです」と話を始めたのは画家の乙部遊さん。「でも最近人気が出てきたせいか街が変わりすぎてしまって、あと、土地自体もピンとくるものがなかった。それで二宮ぐらいまで広げてみようかということになって探してみたら3つほどあって、建築家にも相談して国道1号沿いのこの土地がいちばんいいのではということで購入しました」

江戸時代までは東海道だった国道1号から数m退いた場所に立つ乙部邸。設計は遊さんの中学の時の同級生とその友人のお2人に依頼したという。「植物が好きなので、まずは窓が多くて家の中に光がいっぱい採り込めること。それと絵を描くので壁も広くしてほしいという相反するような依頼をしました」。「壁も広く」というのは制作した作品を飾れる壁がほしかったから。「さらに、作品をつくるのでインスパイア、刺激してくれるような環境がいい、ふつうの家にはない面白味のある空間にしてほしいというのも伝えましたね」

こうしたリクエストから家づくりが始まった乙部邸は断面がほぼ三角形。入口部分が少し欠き取られた形になっているが、国道1号を車で走っていても思わず目を引く外観だ。乙部邸のデザインについて、建築家の齋藤さんは「まずは“東海道で一番カッコイイ家つくろう”という話がありました。またあの屋根の勾配にすると、北側の東海道にも日が落ちて、ふつうの建て方をするよりも道路が明るくなる。平面を対角線のプラン、断面も斜め天井とすることで、“高い”“低い”と“狭い”“広い”のたすき掛け、つまり4種類の空間性がひとつの単純な住宅プランで構成できると考えた」と話す。

入口の部分が欠き取られてガラス張りになっている乙部邸。目の前の1号線を車で通っても目を引く。
入口の部分が欠き取られてガラス張りになっている乙部邸。目の前の1号線を車で通っても目を引く。

ニューヨーク生活からの影響

この「たすき掛け」した空間が内部では要望であった「インスパイアしてくれる環境」をつくり出している。2階では三角形断面の斜線の部分が壁=天井となり「ふつうの家にはない」ダイナミックな空間を生んでいる。そして、南側に開口を広く取りまた北側の白壁を切り抜いて吹き抜けから入口まで視線が抜けるつくりにしたことから面積以上の開放感を体感することができる。

白い壁の部分は奥さんの京子さんと塗ったのだという。「壁は最初から塗ろうと思ってました、費用が安くなるならというので。ニューヨークのギャラリーで展覧会をやったときに壁に絵を描いたりしたんですが、そのときにも自分で塗り直したりしていたので、壁を塗ることに関して抵抗がなかったんですね」

ニューヨークでは家の壁をパテで粗く塗りかつなんども塗り直す。それですごくモコモコした壁が多いのだが、そうしたニューヨークで経験した空間の影響もあり塗りムラのあるほうが逆にしっくりとくるようだ。キッチンの壁をブリックタイルにしたのもそうだという。京子さんは「ニューヨークのカフェみたいな雰囲気にしてほしいということでタイルにしてもらいました」と話す。表面がフラットなものと凹凸のあるものの2種類をうまくばらけるように張ったのもリクエストだった。

2階東側から奥のキッチンを見る。
2階東側から奥のキッチンを見る。
遊さんが好きだという緑がとてもセンス良く配置されていて空間の雰囲気をさらにコージーなものにしている。
遊さんが好きだという緑がとてもセンス良く配置されて空間の雰囲気をさらにコージーなものにしている。
キッチン部分の壁は京子さんの希望でブリックタイルを張った。右の木の壁は遊さんが明るい色を選びシナ合板にした。存在感のあるライトはブティックで使われていたのを譲り受けたものという。
キッチン部分の壁は京子さんの希望でブリックタイルを張った。右の木の壁は遊さんが明るい色を選びシナ合板にした。存在感のあるライトはブティックで使われていたのを譲り受けたものという。
2階の壁が一部切り取られていて、そこから1階と道路を見下ろすことができる。
2階の壁が一部切り取られていて、そこから1階と道路を見下ろすことができる。
遊さんの描いたドローイングが並ぶ。
遊さんの描いたドローイングが並ぶ。
道路側の壁の角度が内側へと振られているのがわかる。
道路側の壁の角度が内側へと振られているのがわかる。
キッチンから見る。東に向かって空間が徐々に狭まっている。
キッチンから見る。東に向かって空間が徐々に狭まっている。
階段上部から見下ろす。玄関部分がガラスのため道路側から壁に架かる作品を見ることができる。内部からは右前方の山の緑を眺めることができる。
階段上部から見下ろす。玄関部分がガラスのため道路側から壁に架かる作品を見ることができる。内部からは右前方の山の緑を眺めることができる。

大きく取れたギャラリー

「もっと狭くて小さくなるかなと思っていたんですが、妻の理解もあって想像以上に広く取れたしすごくいいものができてよかったと思っています」と遊さんが話すのは1階のギャラリースペース。外からも見られるように白壁には乙部さんの作品が並ぶ。

「ニューヨークでは展示をいろいろとやらせてもらったんですが、日本に帰ったら細々と自分のペースで作品をつくっていければいいなと思っていました。つくったものを見せる場所があったらなおいいなということでギャラリーをつくらせてもらって、自給自足というか、これがすごい良かったなと思います」。吹き抜けになっているため、ギャラリーとして見ても特徴的な空間だ。展示の際にはプライベートの部分にまで拡張ができるつくりにしている。入口近くのコーナーは遊さんがアクリル画などの制作に使う場所にもなっている。

1階奥から玄関方向を見る。
1階奥から玄関方向を見る。
遊さんがアクリル作品を制作するのはこのあたり。壁の棚には絵の具などが並ぶ。
遊さんがアクリル作品を制作するのはこのあたり。壁の棚には絵の具などが並ぶ。
玄関から土間部分に入るとギャラリースペース。真ん中に架けられている作品はこの家のオープンハウスをした際に描かれたこの家をモチーフにしたドローイング。
玄関から土間部分に入るとギャラリースペース。真ん中に架けられている作品はこの家のオープンハウスをした際に描かれたこの家をモチーフにしたドローイング。
土間から見る。遊さんと京子さん、娘の生愉(きゆ)ちゃん。
土間から見る。遊さんと京子さん、娘の生愉(きゆ)ちゃん。
手前は主寝室。このように扉を開けるとギャラリーにすることもできる。
手前は主寝室。このように扉を開けるとギャラリーにすることもできる。
いちばん右の作品はニューヨーク・クイーンズ地区で発行されている雑誌の表紙となり、また個展を開くきっかけにもなった。
いちばん右の作品はニューヨーク・クイーンズ地区で発行されている雑誌の表紙となり、また個展を開くきっかけにもなった。
遊さんはNYのバスルームがタイル張りなのが好きだったので、「タイルにしたい」とリクエストした。
遊さんはNYのバスルームがタイル張りなのが好きだったので、「タイルにしたい」とリクエストした。
洗面所の左手がトイレ、向かいが浴室で水回りがこの場所にまとまっている。
洗面所の左手がトイレ、向かいが浴室で水回りがこの場所にまとまっている。

「ふつうにはない、変わった家ですが、ほんとにいいものをつくってもらったという気がします」と遊さん。暮らし始めてまだ間もないが夫妻ともにリビングの開放感が気に入っているという。視線が2方向に視線が抜けるうえに天井も高い。「斜めのパースが効いている空間だからかそんなに狭い感じもしない」と画家らしいコメントをしてくれた。「プランを見たときは狭めに感じたのでパーティをやるときとか大丈夫かなと。でも住んでみると狭い感じがしないし、パーティをしたときも問題なかったしみんなが“空間がいいね”って言ってくれて」

遊さんの好きな緑もとてもいい感じで配置された2階は、「ふつうの家にはない」空間ながらとてもコージーで快適な生活ができそうな印象を強く受けた。

屋根・壁・床のすべてを105角のベイマツで構成することなどによりそれらの厚みを抑え、その分居住スペースを広く取った。
屋根・壁・床のすべてを105角のベイマツで構成することなどによりそれらの厚みを抑え、その分居住スペースを広く取った。

乙部邸
設計 齋藤隆太郎/DOG+
井手駿/日建ハウジングシステム(協働設計)
所在地 神奈川県中郡二宮町
構造 木造
規模 地上2階
延床面積 87.23㎡