Architecture
新月に伐採した木で造る家 洞窟で暮らす安心感と、
森の力に共感する住まい
月を愛でる舞台装置
八王子市の野猿峠突端の崖地に建つ建築家の落合俊也さんの家は、主に週末を過ごす実験住宅だ。
「夕焼けの山並みと三日月が浮かぶ眺望が素晴らしいので、ここを『月舞台』と名付けました」。
季節や時間に応じて大きなデッキを囲う建具を全解放し、様々な催しを楽しんでいる。
崖に沿って地面をくり抜くように建てられた家は、床や壁が地面に接している安心感がある。洞窟に暮らしていた人類の太鼓の記憶が蘇るかのようだ。
「地球の体温は15度あります。夏は涼しく冬は暖かい、15度という体温を活かすために崖地に住まいを作りました」
落合邸でふんだんに使われている木材は、新月伐採し、葉枯らし天然乾燥させたものを使っている。
「“柱を闇斬せよ”という言葉が伝えるように、冬の新月、木が眠っている時に伐採した木は狂いにくく、燃えづらく、素性のよい木となります。名器と言われるストラディバリウスのバイオリンも新月伐採の木で造られます。木のバイオリズムに叶っているのです」
大地の安定した熱を利用するアースハウジング
丁寧に伐採された木を使い、土間床式の地熱を利用した落合邸は、カビや新建材によるシックハウス症候群にも無縁だ。
日本で2軒しか使われていないという真空断熱材を使って超高断熱高気密化し、屋根などから降りてくる暖気や冷気をしっかり断熱。窓にも結露が起きない。湿気がたまりやすい洗面やバスルームもいつもカラリとしている。
「体感温度に影響するのは、床や壁が発する輻射熱です。壁や床が20度なら中の気温を20度に調整することはすぐにできますが、躯体が10度であれば、体感温度を20度にするために気温を30度にしなければなりません。温度の低い壁面の近くでは体から熱がどんどん取られます。多くの現代住宅はこうしたアンバランスな熱環境にあり、その温度差は人の健康を害し、壁内結露を生み出し、無駄な化石エネルギーの消費を生みだすという諸悪の根源ともなっています」
“究極の木の家”を目指す
森林の環境には人を健康にする力がある。
「森林医学のエビデンスに基づき、“究極の木の家”を研究しています。均質で機械工業的な都市のストレスから開放され、生命が持つ本来のリズムを取り戻すことができます。良く眠ることができて、気持ちよく起きることができる。呼吸が深くなり、疲れを溜めにくくなり、免疫力が高まり、病気をしにくくなるのです」
取材の最後に落合氏がクイズを出題。
「この家は何階建てかわかりますか?」
玄関〜テラス〜リビング〜ベッドルームの4層のスキップフロアだから2階建て、くらいかな??
「答えは平屋です。RC+木造の平屋なのですが、確認申請がなかなか下りず、役所と戦いました(笑)」
ダイニングとテラスを結ぶ横一列の大階段、設えを替えるためにはしごを登らなければ行けない和室、指を入れる穴の開いたイス……。落合邸には笑顔になってしまうしかけがそこここにある。
究極の木の家、地熱利用、崖地────人生を大いに楽しむ家がここにある。
落合邸 /SILK-HUT「月舞台」
設計 落合俊也(森林・環境建築研究所)
規模 地階付き平屋建
延床面積 133.76㎡