Architecture

20年後も見越した家づくり“合理の美学”を貫いた
サステイナブルな家

20年後も見越した家づくり “合理の美学”を貫いた サステイナブルな家
敷地が決まったときに、石田さんは基本的な部分を自ら設計してみたという。石田夫妻は2人とも建築関連の会社に勤め、一級建築士の資格を持っている。だからその気になれば自分たちで実施設計まですべてできてしまうのだが、結局、知り合いの建築家の田中さんに依頼することに。自分たちにはない“イレギュラーなもの”を期待しての依頼だった。

「自分でやると図面を描いた瞬間に何ができるか分かってしまうので面白くない。われわれにはないイレギュラーな考え方を入れようということで田中さんにはお願いしました」


3階のLDKスペース。床は建設現場の足場に使用されている35㎜厚のスギ板を使用。壁と天井はベニヤにクリアニス仕上げ。陽に当たって竣工時よりも色が濃くなっているという。
3階のLDKスペース。床は建設現場の足場に使用されている35㎜厚のスギ板を使用。壁と天井はベニヤにクリアニス仕上げ。陽に当たって竣工時よりも色が濃くなっているという。

20年後を考えて

建築家へのリクエストは当然、建築のプロフェッショナルならではの内容となった。まず、構造に関しては鉄骨造を要望した。

家を建てても、一生そこに住み続ける気はなかったという石田夫妻。「たぶん長くても20年くらいしか住まないだろうと。でも、20年で壊すのはちょっともったいないし、われわれが住まなくなった後のことを考えたら、改造や改築ができるようにしておいた方がいいかなと」

敷地の地盤が良くないことから選択肢は鉄骨造と木造の2つに絞られたが、鉄骨造は、木造に比べて構造自体の可変性が担保され、かつ、間仕切り壁の位置や設備の変更に対してフレキシブルに対応可能だ。さらに、事務所などへの転用など、将来、用途が変わる場合にも鉄骨造の方が有利と考えた結果だった。


鉄骨フレームからスッと下りてきているのは電気コードを納めたパイプ。柱と平行になるようきれいに揃えられている。右のコンセントは将来の用途変更にも対応できるように200Vのもの。1・2階にも同様に1カ所ずつ設けられている。
鉄骨フレームからスッと下りてきているのは電気コードを納めたパイプ。柱と平行になるようきれいに揃えられている。右のコンセントは将来の用途変更にも対応できるように200Vのもの。1・2階にも同様に1カ所ずつ設けられている。
建設現場の足場用板とパイプで組まれた棚。容易に移動が可能だ。
建設現場の足場用板とパイプで組まれた棚。容易に移動が可能だ。
キッチン部分も可動式のため移動できる。
キッチン部分も可動式のため移動できる。


まだ工事中ですか?

もうひとつのリクエストは“汎用品をできるだけ使うこと”だった。建築の場合、ディテールをきれいに見せるなどして作りこんでいく中で、特注品を使うことがよくある。しかし、「汎用品であれば、10年後や20年後でも入手できる可能性が高いので、将来、手を加える時に、空間の本来のテイストを損なわずにやれるだろうと思い、あえてそういうリクエストを出しました」

採用された汎用品の中でも特別目を引くのは、2・3階の棚に使用された建設現場の足場用スチールパイプとスギ板だ。建設現場でよく見かけるものがそのまま使用されている。2階では、さらに天井の鋼板をそのまま仕上げとしていることもあって、「まだ工事中ですか?」と言われるほどの空気感がつくり出されている。


3階から階段室を見下ろす。手前は猫が2・3階間を移動するための“猫穴”。
3階から階段室を見下ろす。手前は猫が2・3階間を移動するための“猫穴”。
階段の踏板と踊り場に使われているのも、足場用のスギ材。厚さも同じ35㎜。
階段の踏板と踊り場に使われているのも、足場用のスギ材。厚さも同じ35㎜。
奥さんは、階段室の大きな壁面にできる影を眺めていると「忙しいときでも時間感覚を忘れ一瞬ぼーっとできる」という。
奥さんは、階段室の大きな壁面にできる影を眺めていると「忙しいときでも時間感覚を忘れ一瞬ぼーっとできる」という。


「本質な部分さえカチッとできていれば後はどうでもいいぐらい」という石田夫妻。それで、建築家には、「一般に流通している住宅のようにきれいに仕上げる必要はない。性能が保たれていれば表現にはこだわらない」と伝えたという。

そしてまた、自分たちが日々手を入れるインテリア部分も「きれいに見せたい、表現したいといった部分はあえて抑えている」のだという。こうした姿勢がまだ工事中のようにも見える空間を結果的につくり出したのだろう。


2階の寝室スペース。この棚も、3階の棚に使用されたものと同じ、建設現場の足場用のスチールパイプとスギ板で構成されている。さらに、ここでは鋼板をそのまま天井の仕上げとして見せている。
2階の寝室スペース。この棚も、3階の棚に使用されたものと同じ、建設現場の足場用のスチールパイプとスギ板で構成されている。さらに、ここでは鋼板をそのまま天井の仕上げとして見せている。
2階のライトは、内装工事などで使用される現場用クリップライト。
2階のライトは、内装工事などで使用される現場用クリップライト。
2階の寝室スペース。
2階の寝室スペース。
棚を支えるスチール材は、“ビケ足場”と呼ばれる、低中層の建物の建設現場で一般に使われているもの。
棚を支えるスチール材は、“ビケ足場”と呼ばれる、低中層の建物の建設現場で一般に使われているもの。
用途変更の可能性を考慮して2階にも水道が引かれている。
用途変更の可能性を考慮して2階にも水道が引かれている。


空間の許容力も計算済み

「モノは基本的には使いたいと思った瞬間に出てこないと持っている意味がない」という信念をもつ石田夫妻はまた、必要なモノはすぐ見つけて使える場所に置くようにしているという。そのため、たとえば棚上の本は、種類や高さ、色がばらばら。建築雑誌と原子力発電所の説明書が並び、猫の写真集も同じ列に納まっているという具合だ。

棚にはまた、消火器やポットといった本とはまったく異質なものも置かれているが、意外にも雑然として見えない様はさすがと言うべきか、一見デザインに無頓着のようでいながら、空間の許容力までもあらかじめ計算しつくした結果のようにも見える。あるいは、さまざまなこだわりから生まれた美学の賜物と言ったらいいだろうか。


この家には、愛猫2匹のための仕掛けもいくつかほどこされていて、猫たちもとても快適そう。
この家には、愛猫2匹のための仕掛けもいくつかほどこされていて、猫たちもとても快適そう。
愛猫のための仕掛け。棚に“猫スロープ”。天井には“猫穴”。
愛猫のための仕掛け。棚に“猫スロープ”。天井には“猫穴”。
2階間仕切りに設けられた“猫穴”から階段室へ移動中。
2階間仕切りに設けられた“猫穴”から階段室へ移動中。
“猫穴”を通して3階の様子をうかがい中。
“猫穴”を通して3階の様子をうかがい中。
2階天井に開けられた“猫穴”。
2階天井に開けられた“猫穴”。


この美学は建築のプロフェッショナルらしい合理を追求した上で生まれてきたものだが、だからといって窮屈さを感じさせるようなところはまったくなく、石田夫妻は2匹の猫たちとともにいたって快適な暮らしを楽しんでいるように見えた。

そればかりか、この家には20年後も見越した建築的な配慮によって、夫妻とは違う快適さを求める人にも対応可能なフレキシビリティも担保されており、その意味で、時代の要請であるサステイナビリティを見事に体現した家と言えるだろう。


1階はガレージの他にバス、トイレなどの水回りがまとめられている。洗面ボウルの置かれた台も可動式で移動が容易。
1階はガレージの他にバス、トイレなどの水回りがまとめられている。洗面ボウルの置かれた台も可動式で移動が容易。
外観もシンプル。正面ファサードは道路に対して少し角度を振っている。玄関前の木はシマトネリコ。
外観もシンプル。正面ファサードは道路に対して少し角度を振っている。玄関前の木はシマトネリコ。


石田邸
設計 田中知博建築設計事務所
所在地 東京都江戸川区
構造 鉄骨造
規模 地上3階
延床面積 99.18m2