Family
海辺の家で紡がれる家族の時間生活を区切る扉は最小限
家族が伸びやかにつながる家
「海の近くの家」が欲しかった
海と山の自然に囲まれ、どこかしらゆったりとした時間が流れる神奈川県葉山。堀金伸一郎さん・久美さん夫妻は、2012年にこの地に家を建てた。「ふたりとも海辺の出身ではないのですが、家を建てるなら海の近くがいいなあと思っていたんです」とご夫妻は話す。
伸一郎さんはフリーの映像カメラマンで、海外ドキュメンタリーやCF撮影を手がけ、世界中を飛び回る日々。久美さんもテレビ番組制作の仕事をしており、夫妻揃ってクリエイティブで多忙な仕事をしているが、家に帰ってくると心からリラックスできると言う。8歳になった息子の拓(ひらく)君も、近所に住む子ども達と外で遊んだり、家の中を駆け回ったり、伸び伸びと成長している。
「私は都心に電車通勤しているのですが、片道1時間の車内は、行きも帰りもちょうどいい仕事の時間になりました。座ってパソコンを開いて頭を整理するんです。この家に引っ越した時に、帰りはちょっと贅沢してグリーン車を使うぞ!と決めたんですよ(笑)」と話す久美さんの言葉に、仕事と住居の良い関係を考えさせられる。
扉はトイレとバスルームの2つのみ
「大きな吹き抜けで家全体がつながっていること、扉がトイレとバスルームの2カ所にしかないことがうちの特徴です」と話す久美さん。堀金邸に足を踏み入れてまず感じるのが、広い空間がもたらす開放感、そして清々しい陽の光と風だ。「1階も2階も南側に大きな窓を設けているので、日差しと風がふんだんに注ぎ込んで、季節やその日の天候を感じ取れるんです」(伸一郎さん)。
2階は吹き抜けの周りを廊下でぐるりと回れる構造で、ベッドを置いたスペースと多目的スペースが両端にある。1階には6畳の畳の間もあるが扉はなく、堀金邸には「個室」と呼ぶものがひとつもない。
「ここはテレビを見る部屋、あっちは子どもが勉強する部屋、と部屋で生活を区切りたくなかったんです。寝る場所も、2階のベッド、畳の間、多目的スペースの3カ所から日々の気分によって選んでいます」(伸一郎さん)。堀金邸ではテレビさえも移動式。各自が見たい場所に持っていって観るというスタイルだ。
無垢の木+アイアン+漆喰
堀金邸の床は全て無垢材。肌触りがよく温かいため、冬でも裸足で過ごすことが多いという。「湿気や温度によって木が収縮・膨張して、板と板の間の隙間が大きくなったりもします。ですが、床が生きているこの感じも自然素材の家ならではかなと思って、家族で楽しんでいます」と伸一郎さんは笑う。
無垢材に見事に調和しているのが、黒いアイアンの階段の手すりや扉の取っ手。鉄ではあるが無機質ではなく、温かみすら感じるこれらのアイアンワークは、藤沢の工房につくってもらったそう。「紙粘土で見本をつくったりイラストを書いて、僕の頭の中にあったイメージを形にしてもらいました」(伸一郎さん)。
職人気質の伸一郎さんは手先が器用。それが最大限に発揮されたのが、自ら塗った漆喰壁だ。「壁全体を漆喰にしたかったのですが、職人さんにお願いするとかなり費用が高くなってしまう。つい『僕がやります』と口がすべってしまって(笑)」と話す伸一郎さん。材料、道具は自分で揃え、塗り方も独学だという。作業は2カ月以上にも及んだ。「時期は真冬。寒い中1人で黙々と作業をしました。よーく見ると、最初の方に塗った部分は粗かったりもするのですが、とても気に入っています」(伸一郎さん)。湿気を自然にコントロールしてくれる漆喰壁のおかげで、堀金邸では夏場のエアコンが必要ないそうだ。
無垢の木・アイアン・漆喰がつくりあげた空間に彩りを添えるのは、仕事や旅行で世界の国々を訪れ、連れて帰ってきた異国の小物たち。一つ尋ねれば思い出話が返ってくるアイテムが、家のあちこちにさり気なく置かれている。
朝が待ち遠しい家
伸一郎さんの毎朝の習慣はヨガとジョギング。「朝日を浴びながらヨガをしたり、海岸沿いを走ると最高に気持ちがいいんです。楽しみながら続けられているのは、葉山の地とこの家のおかげかもしれませんね」と教えてくれた。
葉山に家族が伸び伸びと暮らせる家を建て、もうじき4年になる堀金家。「8歳の息子が自分の部屋を欲しがり始めたので、そろそろどこかを区切りますかね」と、久美さんはこの家の「これから」を考え始めていた。