Hobby
次の世代に残したい家作品性の高い建築を
丁寧にレストアして住む
調べてみると、前川國男の弟子筋の設計で、1960年代後半に建てられたものだとわかり、購入を決意する。
「細かな部分までよく考え抜かれて作られていた建物だったので、丁寧に修復して元の姿に復元して、次の世代に残さなくてはと思ったんです」
〈TSUTAYA TOKYO ROPPONGI〉や〈UT STORE HARAJYUKU〉〈WIRED CAFE〉〈Cafe 246〉など、数々の人気店舗のプロデュース、街づくりや企業ブランディングなど、幅広く活躍してきた入川さん。その経験も生かしながら、設計者の意図と、この家にかかわった職人の心意気をそのまま伝えたいと、約1年の時間をかけて修復した。3年前に完成し、金曜日から月曜日までの週末を、ここ湘南の地で過ごしている。
いい時代のものを、いい状態で保つ。
入川さんがこの湘南の地で家を探していたのは、箱根にクルマでツーリングに出かける拠点を作りたかったからだそう。なので敷地内にガレージを建てられることも家探しの必須条件。
「クルマが大好きで、ヴィンテージと言われるクルマも何台か所有しています。家の修復もクルマのレストアと同じで、壊れてしまったからといって、ただ単に現代のものと交換してしまっては、保存しているとは言えません。クラシックカーに今のクルマの流行りのパールメタリック塗装を施しても似合わないのと同じように、1960年代の家に最新式の建材を合わせても不自然さが残るんです。なので、古いパーツをコツコツ集めながら家を修復しました」
その時代の音を、同じ世代の家で聴く。
リビングに鎮座しているのは、JBLの名機〈パラゴン〉。1957年から30年ほど生産されたスピーカーだ。音の再現性はスピーカーの設計段階で究め尽くされているので、置くだけでいい音が聴けるという、この当時流行した家具調スピーカーだ。
「現存する〈パラゴン〉の中で、世界で一番状態がいいと思います」と入川さんが胸を張るほどの、状態のいい美しいデッドストック。
その〈パラゴン〉の音を聴かせていただいたのだが、ボサノバのレコードに針を落とすと同時にリビングに柔らかく広がる臨場感溢れる重低音と、伸びやかでリアルな再現性のボーカルに鳥肌が立つ……。〈パラゴン〉の音を、同じ年代の空間で聴ける贅沢は、この家ならではの魅力だ。
「見よう見真似で設計したのでしょうが、結果として和洋折衷なモダン住宅ができあがったようです。8畳+6畳の伝統的な和室もちゃんとありますし、実は瓦屋根なんです」
「それは隠したいと思ったのでしょう。キレイに目隠ししてあって、その努力がとてもおもしろいと思いました」と入川さん。
この家をレストアするために、当時使われていたパーツを根気よく探したそうだ。たとえばスイッチプレートは、沖縄でデッドストックを探し当てた。
「当時の大工さんはとても丁寧な仕事をしていたようです。スイッチプレートのネジの溝にゴミが溜まらないように、溝が床と垂直になるようにきちんと締められています。幸い、内装は再生できるものが奇跡的に残っていました。天井の布クロスは当時のものです。カーテンは何度も洗って、そのまま使うことができました。少し丈が縮んでしまいましたが(笑)」
傷んでいたクロスは、当時使われていた通気性のいい素材のものに張り替えた。
「日本の家は、長く使って次の世代へ残すという発想が少ないように感じます。家は本来、50年、100年と住み続けられるもの。この家に丁寧に住み続けて、次の世代へ渡したいと思っています」