大泉さんは、以前マンションで暮らしていた時に、自分の“理想の家”の絵を描いていたという。
「1階を自分の部屋にして、徹底的にこだわってオーディオとかをやる。2階には食事とかふだん生活する場所を置いて、3階で寝たり風呂に入ったり」。大泉邸は、これをそのまま再現したようなイメージだという。
最高級スペックのオーディオに見合った空間づくり
その1階に揃えられたオーディオ機器は、アメリカのAyer社やWilson Audio社のものをはじめ、どれもがオーディオマニアであれば喉から手が出るほど欲しがるようなものばかりだが、大泉さんは、機器だけでなくその空間にも同等にこだわった。
音楽と映画、ゲームのいずれにも対応できるというのが空間の基本コンセプトで、これも自身ですべて絵を描いて建築家に渡したという。「スピーカーをどこに配置してプロジェクターはどこに吊ってオーディオの機器はどこに置いてというのが明確にあって。あと、本棚のようにソフトウェアが入れられるようになっているのも自分の中にイメージがあってこうして下さいと」
その本棚のようにつくられた棚は単なる収納ではなく、音響面も考慮されたものだそうだ。こうした部屋の場合、吸音壁にする手もあるが、そうするとのっぺりとした空間になり、オーディオ専用ルームのようになってしまう。そこで、音響効果も兼ねて棚にソフトを詰めることに。「凹凸のあるところだと音が複雑に反射して変なエコーが出なくなる」ため、こうしたことが有効という。
床は、共振しないようにオーディオ機器の下の部分にコンクリートをL字形に打設。また、さらにより良い音を追求して、コンセントにはホスピタルグレイドのものを使用した。
壁の色や模様は音質にはもちろん関係がないが、打ち放しよりも質感の感じられる杉板型枠を使った仕上げに。さらに、落ち着いた色調の室内に鮮やかな色合いのソファで明るいアクセントをもたらすなど、空間のコーディネーションにも気を配った。
あえて設けた大きな開口
建築家の提案で自身で描いた絵から大きく変更した点もある。1階は防音を考慮してRC造にしたが、南側に大きな開口を設けたのだ。「どうせ閉めて暗い中で映画観たり音楽を聴くから窓はいらないって言ったんですけど、持ってきて頂いたプランは前面ドカンどぶち抜いた開口から外が見えるというものでした」。そこで、「あ、こういうのももしかしたらありかな」と考え直したという。
しかし窓1枚だと防音上問題がある。そのため、ガラスを1枚立てて窓の手前に空間をひとつつくることに。「音というのはそういう空間があったほうがどんどん減衰して漏れにくくなるから」。今は、自転車が置かれてディスプレイ空間のようになっているが、これも本棚と同様に音響的に意味のある選択なのだ。
素人には一見わかりにくいけれども、音響とデザインの両方に心置きなくこだわりつくしたこの部屋、“大泉さんの作品”と言ってよいほどの完成度を感じさせる。多くのマニアに理想的なものとして映るに違いない。
2階3階は奥さん主体で空間づくり
「主人は細かく区切られた空間がいやで、“リビングとダイニングは大きくドーンとひとつの空間で”って言っていたので、まあそれはその通りにして」、それ以外は奥さんの考えで決めていった。こだわったのはそれぞれの空間の配置だ。
「わたしは、以前住んでいたマンションではキッチンとリビングが近くて主人がテレビを見ているのを見ながらキッチンで洗い物をしたりとかして、といったイメージがすごくあったので、キッチンだけ遠いのがいやだったんですね」
ふつうはキッチンの隣にダイ二ングがあったほうが何かと便利だ。「ギリギリまで逆のほうがいいんじゃないかって悩みましたけど、結局、今のこの配置の方がいいですね」と奥さん。
さらに、主婦ならではのこんなこだわりも。「キッチンからベランダに出られるようにしてほしかったんですね。キッチンを出たところに生ごみ処理機が置いてあって、片づけるときにすぐ出られる。あと、ハーブをベランダに植えてあるので、これもキッチンから取りに行ったりできるようにしてもらいました」
キッチンは、友だち夫妻など、人がたくさん来るだろうというのは分かっていたので広めのつくりに。「友だちはみんな料理が好きで一緒に料理したりするんですが、このキッチンだと反対側にいても作業ができるので4、5人でも同時に料理することができるんです。あと、ガスオーヴンを入れたんですが、みんなガスオーヴンでなにかつくりたいと言うので、お料理研究会とか言ってたまに集まってやっています」
奥さん主体で決めていった2、3階。その中で奥さんがいちばん気に入っている場所はこのキッチンだそうだ。「仕事のない週末とかにこのキッチンで凝ったものをつくってすごく喜んでもらえると、やって良かったなととても思いますね」
大泉さんのお気に入りは、やはり1階の部屋だ。「音楽を聴いたり映画観たりするのももちろんすごい好きなんですが、それは自分にとって自然で普通なことで。それよりも、デスクのところに座って本でも読んでいる時とかに、ふっと見ると、自分でこだわって思い通りに選んだ機材がそこにあるという瞬間の方がもしかしたら充実感があるのかなと」。
納得いくまでとことんこだわってつくり込んだ人ならではの感慨、そのように聞こえた。
大泉邸
設計 Level Architects
所在地 東京都世田谷区
構造 RC造+木造
規模 地上3階
延床面積 151.64m2