Renovation

テーマは“新”と“古”の共存2世代の記憶を
継承する家

1階の打ち合わせスペース。真っ白のこのモダンな空間から奥に向かうと60年前そのままの和室が現れる。左に縁側。
「和室はいまわれわれの作業場になっていますが、天井も壁も竣工当時のままなんですよ」。こう語るのはこの家のオーナーで建築家の富永さん。打ち合わせに使用しているモダンデザインのスペースから奥の和室に向かうと、そこは出来てから床以外は手を加えられていないまったくの別空間。中に入ると、まるでタイムスリップをしたかのような不思議な感覚におそわれる。

「和室は祖母の部屋で、昔、子供の頃によくここで寝かせられたんですが、横になって見上げた時に見える風景が記憶に強く残っていて、この天井は残したかったんですね」



1階の打ち合わせスペース。真っ白のこのモダンな空間から奥に向かうと60年前そのままの和室が現れる。左に縁側。
1階の打ち合わせスペース。真っ白のこのモダンな空間から奥に向かうと60年前そのままの和室が現れる。左に縁側。
1階の打ち合わせスペース。正面のドアを開けると階段が現れる。右が事務所の入り口。
1階の打ち合わせスペース。正面のドアを開けると階段が現れる。右が事務所の入り口。

和室側から打ち合わせスペースを見る。白いフレームに外の緑が美しく映える。
和室側から打ち合わせスペースを見る。白いフレームに外の緑が美しく映える。
縁側から打ち合わせスペースを見る。テーブルはこのスペースのためのオリジナルデザイン
縁側から打ち合わせスペースを見る。テーブルはこのスペースのためのオリジナルデザイン


60年の思い出が染み込んだ家

富永さんは、築60年ほど経つこの家で生まれた。小学校2年の時に家族でアメリカへ移り住んだ時をはじめ、何度かこの家から離れているが、リノベーションを機にまた戻ってきたという。

今回移り住むまではこの家にはご両親が住んでいた。建て替える案もあったが、いくつかの事情が重なって、ご両親は、駐車場としてそれまで使っていた道路を挟んで向かいの土地に新築、そして富永さん一家が空いた家に住むことに。

建て替えをやめてリノベーションを選択した最大の理由は、お父様が、若いときに建ててその後も苦労して増築を重ねるなど思い出が染み込んだ家を売りたくないという考え方があったため。「私が父の思いを受け継ぐことで父親としてはうれしいだろうということもあって」と富永さん。


1階奥にある作業スペース。床以外は60年前の和室のまま。
1階奥にある作業スペース。床以外は60年前の和室のまま。
縁側があって少し暗めの1階を明るくするため2階の床に穴を開けている。
縁側があって少し暗めの1階を明るくするため2階の床に穴を開けている。
兄弟で付けた傷や落書きなど思い出の残る和室の柱。
兄弟で付けた傷や落書きなど思い出の残る和室の柱。


テクスチュアにこだわる

和室をそのまま残していることからも分かるように、この家のリノベーションは新築のようにまったく新しくしてしまうのではなく、“新”と“古”をうまく共存させることがテーマだった。これを実現するために富永さんがまずこだわったのは “テクスチュア”であったという。

2階や階段室など、古い部分を残した部分にはシナ合板を染色したものを壁や天井に使用した。「顔料を薄めて染色させてからふき取っています。普通の塗料では材の上にのせるようなかたちになりますが、染めているので顔料が浸透していく。それを具合のいい程度にふき取っています」。顔料の量や塗る時、ふき取る時の加減によってムラが出てくるため、色合いと相まって、塗料で均一にきれいに仕上げたものにはない味わいが出るとともに、ちょっと古めかしい感じも醸し出す。


ダイニングスペースからリビング方向を見る。2階では60年前の柱梁と小屋組みがそのまま使われている。正面奥が寝室。
ダイニングスペースからリビング方向を見る。2階では60年前の柱梁と小屋組みがそのまま使われている。正面奥が寝室。
リビングのソファでくつろぐ富永さん。
リビングのソファでくつろぐ富永さん。

60年前の梁をあえて見せる

2階には、1階の和室と同様に多くの年月を重ねた家のリノベーションであることを強く感じさせる箇所がある。柱梁と天井部分だ。天井には、ふつうの家では隠して見せない小屋組みの下の部分が露出している。この小屋組みは2階を増築したときに平屋だった時のものがおそらくそのまま上に上がったものだろうという。

短手方向にかかる梁も同じく60年前のものだが、これもあえて今回の改修では見せることに。「今までは天井があって見えなかったんですが、60年前の梁が出てくることがひとつの価値になると思い、積極的に見せることにしました」


キッチンの奥に見えるのはウォークインクローゼット。
キッチンの奥に見えるのはウォークインクローゼット。
富永さんのお父様が増築された幅一間のスペース。今は子供部屋をして使われている。
富永さんのお父様が増築された幅一間のスペース。今は子供部屋をして使われている。
柱が貫入して不思議な空気感のあるキッチン部分。
柱が貫入して不思議な空気感のあるキッチン部分。
1階へと光をを落とすために開けられた穴。ガラスの上に透明のテーブルが置かれている。
1階へと光をを落とすために開けられた穴。ガラスの上に透明のテーブルが置かれている。


窓際に置かれているのはFUGAで購入したボトルツリー(ブラキキトン・ルペストリス)。テレビが仕込まれた壁の反対側は収納になっている。
窓際に置かれているのはFUGAで購入したボトルツリー(ブラキキトン・ルペストリス)。テレビが仕込まれた壁の反対側は収納になっている。

寝室側からリビング、ダイニング方向を見る。ソファのクッションもカーテンに合わせたヴィヴィッドなピンク系の色。
寝室側からリビング、ダイニング方向を見る。ソファのクッションもカーテンに合わせたヴィヴィッドなピンク系の色。
2階の家具やカーテンの色を決めたのは建築士とコーディネーターの資格を持つ奥さん。ヴィヴィッドな色を選択した。
2階の家具やカーテンの色を決めたのは建築士とコーディネーターの資格を持つ奥さん。ヴィヴィッドな色を選択した。


柱がキッチンを貫通

新たにつくられた床壁天井と竣工当時の柱梁が違和感なく調和している中で2階には1カ所不思議なところがある。キッチンのカウンターを柱が貫通しているのだ。2階は壁に筋交いが入っていないため1室空間にできると思っていたが、あの柱だけ取れないことが途中で分かったのだという。「いろんな配置から考えてキッチンはここしかないと決めていたんですが、そこで柱が出てきてしまったので、それは受け入れることにしました」

構造的な制約から受け入れたものの、この柱がふつうのキッチンにはない不思議な空気感を周囲につくり出している。「あの柱が、床柱じゃないですけれども特異な場所性のようなものを与えてくれているような感じはありますね」


ダイニングスペースで読書中の富永さんの後ろの壁にはウォーホルのシルクスクリーン作品。壁と天井の色は、奥さんが選んだ色とトータルで考えた時に選択した色でもあった。染料の色は黒だが、希釈した上に材に染み込んでこのような色合いに。
ダイニングスペースで読書中の富永さんの後ろの壁にはウォーホルのシルクスクリーン作品。壁と天井の色は、奥さんが選んだ色とトータルで考えた時に選択した色でもあった。染料の色は黒だが、希釈した上に材に染み込んでこのような色合いに。
正面がウォークインクローゼット。右下に階段。
正面がウォークインクローゼット。右下に階段。
玄関前から事務所入り口を通して縁側方向を見る。
玄関前から事務所入り口を通して縁側方向を見る。
玄関を開けて正面が浴室。
玄関を開けて正面が浴室。
1階廊下より玄関を見る。
1階廊下より玄関を見る。


新築とはまた異なる心地よさを体験させてくれる富永邸。古材との共存を図ったプロジェクトはこれが初めてであったが、「新しい部分が古い部分に一歩引いて負けていることが心地いいのかもしれない」と富永さんは言う。今回の改修のポイントは“新”と“古”のそのようなバランス感覚だったのかもしれない。

「新しいものをつくるばかりでなく、こうやって再生するということも、建築家の仕事としては挑戦になると、最近思い始めました」


富永邸。途中に急な坂がある上に最後にこの階段を上るのはきつく、それがご両親の家を新築する一因ともなった。
富永邸。途中に急な坂がある上に最後にこの階段を上るのはきつく、それがご両親の家を新築する一因ともなった。
玄関前のラン(男の子)。とても人なつこい。
玄関前のラン(男の子)。とても人なつこい。
 
元は駐車場だった向かいの敷地に建てられたご両親の家。左隅に見えるのが富永邸に上がる階段。
元は駐車場だった向かいの敷地に建てられたご両親の家。左隅に見えるのが富永邸に上がる階段。


富永邸
設計 富永哲史建築設計室
所在地 東京都町田市
構造 木造
規模 地上2階