Renovation
築80年超の古家をリノベーション元のポテンシャルを活かしつつ
ライフスタイルに合った空間へ
こう語るのは、建築家の相原まどかさん。はじめから中古のリフォームを考えていたわけではなく、土地を探していた時にこの物件と出会い、購入して住宅兼事務所にすることにしたという。
ライフスタイルに合った方向で
実際のデザイン作業では、建物の持っているポテンシャルをなるべく活かす空間づくりを考えたという。「外はあちこち補修などしていますが、大きく変えることはなく、中も奇をてらったことをしたり間取りを変にいじったりはしないようにしました」
元の建物を活かすとはいっても、そこはやはり建築家。デザインは微妙な部分にまでこだわった。「元がすごく和風なんですが、ではそちらのほうに転がしていくかというと、自分たちのライフスタイルからするとちょっと違うかなと」。そこで、なんとなく同調しつつちょっとモダンな方向に持っていくという方針に。
しかし、モダンといっても合う合わないがある。たとえば、家具でもシルバーのステンレスだとこの家では浮いてしまう。「元々シルバーのものが多かったのですが、それをどういうふうに消していくかというのはけっこう苦労して。シルバーの脚の家具などはよいとして、シルバーがメインのものはかなり処分して、黒いスチールなど、モダンの中でもこの家に合いやすいものを揃えつつある感じですね」
新旧のバランスに腐心
元は和菓子屋さんであったというこの家は、1階の入口が建物の幅いっぱいに開いたつくり。中に入ると、1.5階ほどの高さはありそうな空間の天井に立派な梁がどんと横に走っているのが見える。壁は元々は板張りだったが、購入時にはその上に壁紙が貼られていたという。
その壁紙を剥がしてそのまま使おうとしたが、剥がしてみたら板が傷んでいてとてもそのまま使える状態ではなかったので漆喰仕上げにした。この壁と柱との色のバランスがとてもよいが、漆喰は墨をベースに、赤、黄色、金粉を混ぜ合わせて微妙な色合いを表現したという。
「一番最初の木が張ってある時の暗さみたいなものを出したいと思い、こういう色味にしました」と相原さん。木とは異なる材料なので、まったく同じ色では少し気持ち悪いと思い調整をしていく中で、光の具合でニュアンスが変わり柱とほぼ同じ色に見えたり、グレーや茶色にも見えたりという感じの色合いに落ち着いたという。
壁に張られていた板できれいなものはとてもよい味があったので、神棚下の小上りの床やキッチンの棚の戸に再利用した。「糊がけっこうべったりとくっついてしまっていて。磨くというより洗うという感じの作業でけっこう大変だったのですが、工務店の方ががんばってくれました」
遊び心のある照明に
相原さんがこの空間でいちばん悩んだのは照明だったという。「建物と調和しつつちょっと遊び心があるものを考えていたんですが、裸電球が紐に吊るさがっているようなものだとこの空間の迫力に負けてしまうし、モダンすぎるものだと浮いてしまうかなと思って」
だからと言って、和紙が貼ってあるような照明もしっくりこなかった。そこでいろいろと器具を探しながらこの空間には真鍮が合うのではないかと考えていた時に、たまたまアパラタスというメーカーの照明を見つけたという。空間が大きくて迫力があるところでも負けないし、遊び心もあるということから決めた。そして、他の部屋の照明もこれに合わせて真鍮製のものを特注したという。
キッチンは人研ぎ仕上げ
神棚の下の戸から次の部屋に入ると大きなキッチンが備えられている。きちんとしたダイニングを必要としていなかったことから、ちょっと食べられる場所をキッチンのところにつくるという考え方でデザイン。カウンターは378×97cmとゆったりとした大きさのため、友人たちが集まったときには一緒に料理をつくったりもできる。日々の料理でも、このキッチンが手狭になるくらいに食材を並べて作業をするので大きすぎるということはないという。
このキッチンは素材にもこだわった。天板と脇の部分に使われたのが人研ぎ仕上げと言われるもので、昔の学校の流し台などによく使われていたものだ。セメントに小さい石を混ぜて硬化してから表面を研磨するというものだが、これまで、金額や職人の問題などでできなかったのを今回はぜひやってみたいと思ったという。
この仕上げにこだわったのには理由があった。「研いでいくと中の鉱物が見える。それがきれいだというのと、あと、普通は目地を入れる場合が多いのですが、これは目地なしでもできるので、きれいな一体成型のものをつくりたいというのもありましたね。しかもそれを樹脂などの人工的なものではなく昔ながらの方法でやりたいなと」
終わりのないリノベーション
「このリノベーションは本当に難しくて、いつもの設計とはだいぶ違う思考回路を使ったような気がします」と語る相原さん。
「どこまでやるかかがすごく難しくて。だからこれで終了ということではなくて、とりあえず今回はここまでと決めたところまでやりました。これからもおいおい手を加えていこうと思っています」
とても悩んだけれども、楽しい作業でもあったという相原さん。自宅のため、特にいつまで終わらせなければという期限もない。この楽しい作業は終わりなく続く、そんなような気がした。