Renovation
パリ在住アートディレクターの家コンパクト&スタイリッシュを
リノベーションで実現
パリ市内の秘密の一軒家街
「パリの住まい」と聞いて私たちが思い出すのは、19世紀オスマニアン建築のアパルトマンだろう。しかしごく僅かではあるが、一軒家の集まるエリアもパリ市内には存在する。13区のシテ・フルリ(「花咲く住宅街」の意味)がその一つ。ちょっと信じられないが、この近辺は驚くほど交通量が少なく、道路を一本入ると石畳の路地が続いている。路地の両側にはこじんまりとした一軒家が連なり、その家々のファサードがまるで競い合うように鉢植えで飾られているのだ。どの路地を曲がっても可愛らしい風景が現れ、こんなのどかな風景がパリ市内にあるなんて、と、誰もが驚くことになる。実は、シテ・フルリの存在を知らないパリジャンも多い。
1821年創業のフランス陶磁器の老舗『ジアン』のアートディレクターを務めるマリエル・デュイックさんも、3年前まではシテ・フルリなど知らなかったという。
「もう20年近く7区のアパルトマンに住んでいました。百貨店のボンマルシェがある賑やかなエリアです。パリらしい活気に満ちた暮らしを気に入っていましたが、人生の変化の中で引越しを余儀なくされた時、たまたま13区に住む友人が自宅に招待してくれてシテ・フルリを知りました。パリなのに田舎風ののんびりした雰囲気があって、ご近所のみんなが仲良しで。そんなライフスタイルがあることを、文字どおり発見したのです」
と、マリエルさん。
運良く友人宅のお隣が売りに出されていたのを見つけ、即購入を決意したという。
縁があって購入を果たした古い煉瓦造りの一軒家は、1年間の改装工事を経て完全にリノベートされた。外観も含め、現在はマリエルさんの審美眼にかなったスタイリッシュな住まいに生まれ変わっている。
船の空間活用をヒントに
ワンフロアの面積は約40m2とコンパクトだが、そこは美大卒で内装建築事務所に勤務していたこともあるマリエルさん、レイアウトの妙と空間活用のアイデアをフル活用し、実際よりも広く感じられるように仕上げた。
「船好きの兄がよく自分の船に招待してくれるのですが、限られたスペースを有効に使う工夫がいっぱいでいつも興味深く観察してしまう。そんな船の内装から学んだことを、この家の空間活用に積極的に反映しています。 」
その1つが、ベッドルームの屋根の傾斜部分。人間が立てる高さはないので、何もしなければデッドスペースになってしまうところを全て収納に。もう1つ、ベッドの反対サイドに設けたシャワーとトイレには、あえて仕切りを付けていない。ドアも壁もカーテンも付けず、空間の広がりを優先したわけだが、収納キャビネットの出っ張りがうまく目隠しになっている。
階段を上りきったところには開閉式のボードがあり、開ければ階段の仕切りとなって安全が確保され、閉めればベッドルームの床面積が広がり、これまた足元が安心。
「実はこのベッドルームそのものも、リノベートの際に新しく設置した空間なのです。つまり3階部分は、もともとは存在しませんでした。リノベーションの際に2階の天井を取り外して吹き抜けを作り、 40m2のリビングを開放的に広く感じられるよう工夫したのですが、そうしてできた吹き抜けの一部に3階を作りベッドルームにして、新しい居住面積を確保したというわけです。」
階ごとに変わる生活シーン
祖父の世代まで遡る生粋のパリジェンヌで、長年サンジェルマンデプレの住人だったマリエルさん。120m2もあった7区のアパルトマンから、トータル平米数約90m2の一軒家に移り住み、2年の歳月が流れた。
「不思議なことに、以前より狭い家に住んでいるという感覚はないのです。アパルトマンには空間が水平に広がる暮らしがありますが、この家には縦の広がりがあります。まず1階の玄関を入ると書斎があって、その奥が洗濯機や乾燥機を置いたパントリー、2階に上がるとリビングとオープンキッチン。さらに3階に上がればベッドルームとシャワー、トイレがあるという具合に、フロアごとに暮らしのシーンがガラリと変わるせいでしょう。フロアを移動しながら暮らしのステージを棲み分けるような、そんなイメージがあります。シテ・フルリを発見したように、ここへきて一軒家の魅力を発見しました」
2人の息子たちもそれぞれ独立し、今は自分のために作ったこの家の生活を、まさに自分のために楽しんでいるという。軽やかな一人暮らしを謳歌するマリエルさんには、工夫がいっぱいの現在の住まいがとてもよく似合っている。