Style of Life
大工棟梁の家 「茶室」という
聖域のある住まい
地下に潜む見事な茶室
岸本邸でまず驚かされるのは、地下フロア全体が本格的な茶室になっていること。地下に降りると、民家とは思えない、静謐で背筋が伸びるような空間に圧倒される。岸本さんは「最初からお茶室をつくることは決めていました」と話す。
実はこの茶室は、1890年に日本橋に設立した社交倶楽部「日本橋倶楽部」にあったという由緒あるもの。倶楽部が「コレド室町」に移転する際に、鯰組が解体を請け負い、茶室の一部分を岸本邸に移築したのだ。
「今では真似できない技もちりばめられていて、とても価値のあるものだと感じます」と岸本さん。解体資材を組み直した地下の茶室は、地上部から約一年遅れて完成した。
約10年前から稽古を始めた岸本さんは、茶道の師範でもある。自邸に先生を招いて生徒さんを募り、月1回の稽古も行っているそうだ。「自邸にお茶室、おすすめですよ。一般的な家でも和室に炉を切ればお茶室がつくれます。私は稽古以外でも、1人で考え事をしたり集中したい時に地下に降りてきます。言ってみれば我が家の聖域のようなものですね」。
コの字型の2階は家族のスペース
子ども部屋、寝室や水回りがある1階をはさみ、2階へ上がると、大きな窓からたっぷりと光が入るリビングとダイニングになっている。
「地下の聖域から一転、2階は家族団欒のスペースです」と岸本さん。リビングとダイニングの2つの部屋を渡り廊下でつないだコの字型の構造になったのは、地下の茶室に中庭をつくったためだそう。リビングとダイニングのどちらにいても、もう一つの部屋に居る人の息づかいが感じられる。「私はリビング、妻はダイニングにそれぞれデスクを持っていて、なんとなくテリトリー分けがされています(笑)。子どもたちはその間をうろちょろしていますね」。
大工の技を生かした木の家ながら、あまり和風には偏らない内装にしたかったという岸本邸。日本の大工の技とヨーロッパ調の家具が調和した2階の住空間は、訪れる人に新鮮な印象を与えてくれる。
床の間と暖炉は似ている
リビングの堂々たる大黒柱は、明治時代の古民家の床柱を移築したもので、少なくとも100年以上の歴史を持つ。そこに残るほぞ穴の中をよく見ると、小さな仏像が鎮座していた。床柱のすぐ隣には、日本の住宅には珍しい暖炉がある。「私は子どもの頃イギリスに住んでいたのですが、向こうの家には大体暖炉がありました。一方で、伝統的な和室には床の間と床柱がありますよね。私の感覚で、和室の『床の間』と洋室の『暖炉』の位置づけは似ているんです」。床柱と暖炉の一角は、岸本さんのルーツである日英両国の伝統を反映させたスポットなのである。
地下1階、地上2階建ての家に、設計と大工の技術、静謐な茶室、明るい家族団欒のスペースを見事に取り入れた岸本邸。「見学に来てくださるお客様も多いんです。住宅の新しい可能性を感じてくだされば嬉しいですね」(岸本さん)。
設計・施工 鯰組
所在地 東京都渋谷区
構造 地下コンクリート造・地上部分木造
規模 地上2階地下1階
延床面積 98.5m2