Style of Life
究極の心地よさを求めて祈りに包まれた
フランキンセンス・ハウス
アッシジで得た出会い
アーチのような緑の木々が続く坂道を登ると、まるで丘の上に建つ教会のような一軒家が現れる。自らデザインする雑貨やセレクトグッズを扱う『マチルド イン ザ ギャレット』、『フランキンセンス+ショップ』のオーナー・酒井しょうこさんが、長年の思いと経験を活かし完成させたのがこの自邸。
「サン フランチェスコ バジリカのような、小さな修道院がイメージです」。家を建てようとプランニングしているときに、たまたま訪れることになったイタリアの巡礼地アッシジと聖人フランチェスコに強く惹かれたというしょうこさん。「サン フランチェスコ バジリカの前の修道院に2週間泊まって、とても影響を受けたんです。それまではイギリスのハーフティンバーの枯れた感じにしようと思っていたのですが、方向転換しました」。
生まれてすぐに洗礼を受けたしょうこさんは、敬虔なカトリック教徒。環境保護の聖人である、聖フランチェスコの簡素を旨とする精神に触れ、ナチュラルでシンプルなものの美しさに気づいたという。その教えから得たインスピレーションが、家づくりのテーマとなった。
簡素であることの心地よさ
8年くらい探して見つけた土地は、アッシジのように眺望のよい丘の上にある。まわりは林や公園に囲まれた自然豊かな環境で、遠くに東京タワーや富士山も望める。間取りからインテリア、小物のひとつひとつまで自分自身でデザインした家を、「フランキンセンス・ハウス」と名付けた。
「フランキンセンスは教会でも焚かれる天に祈りを捧げる香りです。心静かに過ごせる気がします」。玄関を入ったところから仄かに香る癒しの芳香に包まれ階段を上がると、リビングとしょうこさんの自室であるテレーズルームが迎え入れてくれた。
「シンプルな美しさを考えるうちに、シェーカースタイルも気になり始めてインテリアに取り入れました。根っこの部分に同じものを感じるんです」。シェーカースタイルの象徴ともいえる壁掛けのペグボードを壁一面に施し、教会のリトグラフやシェルフなどを飾る。「テーブルや椅子も、シェーカーに合わせてデザインし特注したものです」。家具は機能的なデザインとチェリー材の質感が美しい。そぎ落としたシンプルなインテリアが、本質を考える精神と結びついているようだ。
リビングの隣にあるテレーズルームは、自身の洗礼名でもあり、守護聖人と感じている聖テレーズをテーマとした部屋。ここは寝室であり、執筆活動を行う場であり、ピアノを弾く防音ルームでもある。
「この部屋は少しヴィクトリアン調にしました。テレーズの遺品なども飾り、祭壇に祈りを捧げています」。ここにもペグボードを施し、十字架の道行きに因んで、テレーズの人生をフォトフレームを使って表現している。クッション付きのソファーは、実は布団を丸めてアレンジしたベッド。小さなサイズが修道院を思わせ、慎ましく簡素な暮らしの美しさが感じられる。
間取りは動線を考えて
「窓から家の前の林が見える位置に設定したかったんです」。白のタイルと木目で統一されたキッチンは、明るくナチュラルな雰囲気。イギリスから輸入したキャビネットの扉も、シェーカースタイルでデザインされたものだという。「以前より半分の広さになってしまったのですが。でも、すぐに食器を取り出せるし作業しやすいですね」。
間取りを考えるにあたっては、使いやすさも重視した。1階のバスルームは、脱いだものを洗濯し、乾かし、クローゼットへ収納、という動線を確保。バスケットを活用したクローゼットの棚も、入れる物のサイズを考えて設計した。「朝から夜までの生活をシュミレーションして、どの部分が不便かというのを考え抜きました」。
床はアッシジを思わせるイタリアのタイル。猫足のバスタブは、以前から使っていたイギリス製のものを茶色に塗り直した。生活の動線もシンプルに、と計算しながらも優雅な雰囲気を漂わせることも忘れない。
「ドアはちょうどイギリスから輸入しようとしていたときに、たまたま訪れた教会が取り壊されることになり、そこで使用されていたドアを7枚頂けてしまったんです。奇跡のようですよね」。と目を輝かせるしょうこさん。こんな奇跡も、日頃の信仰心のなせる技なのかもしれない。
癒しを与える生活
現在、しょうこさんは自身のライフスタイルをそのままショップや著書で紹介することがライフワークとなっていて、ショップオーナーの仕事の他、本の執筆にも忙しい。「家の楽しみ方を綴った『酒井しょうこのシンプルスタイル』や、小さなお庭のハーブの楽しみを綴った『ナチュラルスタイル』の他、最近はアッシジの本を出したばかりです。毎日10時間を10カ月間、腱鞘炎になりながら書き上げました。でも朝から頑張って、必ず夕方には甘いものとお茶を頂くんです」。リビングかテラスで過ごすその時間が癒しを与えるのだそうだ。
「見晴らしのよいテラスはいつ出ても気持ちがいいです。読書をしたり、マットを敷いてヨガをしたりして愉しんでいます」。オリーブやハーブ類など、咲き乱れる様々な植栽はオーガニックな生活を実現させるためのものでもある。
「米糠やコーヒーの出し殻をコンポストに入れて堆肥を作り、育てています。植物は生活に役立てられるハーブばかり。サラダにしたり、ポプリにしたり、お風呂に入れたり。セージやタイム、ラベンダーの花をウォッカに浸け込んだうがい薬も作ります」。
この日は剪定をかねて摘んだ冷たいハーブティーでリラックス。美しい植栽の真ん中には、しょうこさんが大切にしている聖フランチェスコの彫像が、シンプルで本質的な暮らしを見守っていた。