Style of Life
以心伝心の家づくりこだわりが引き寄せた、
「私たちの家」
こう語るのは奥さんだ。この熱い思いを具現化すべく、建築家に設計時、自分たちの要望を細かく伝えた上で密度の濃い打ち合わせを重ねたのだろうと予想したが、しかし、意外や意外、実際には具体的なリクエストはほとんどしなかったのだという。
「家らしい家」「古くなっても味わいが出てくるような家」「小さくても本物感がある家」――「そんな抽象的なことばかり言ってましたね」とTさん。
では、どのようにしてT夫妻の思いは具現化されていったのか。そこには建築家の若原一貴さんのある作戦があった。最初は設計の話をあえて封印して夫妻のライフスタイルやデザインの好みなどをじっくり観察し聞き取ることで、目指すべき方向をつかんでいったのだ。
交流の中から
そのために、アントニン・レーモンドという、日本で多くの作品を手掛け、日本の建築家に大きな影響を与えた建築家の作品を見学に行ったり、若原さんの奥様が主宰する子供対象のワークショップに一緒に参加したりと、T夫妻と建築家はさまざまな交流を持った。
「若原さんが『Tさんたち、こういうのお好きなんじゃないですか』って、洋書を1冊持ってきて下さって」と奥さん。それがレーモンドの作品集だった。「和でもなく洋でもない、こういう感じ好きです」と言うと、「じゃあ行ってみましょう!」と盛り上がり群馬県の高崎哲学堂(旧井上房一郎邸)まで足を運ぶことになったという。
「今から思うと、哲学堂に行って僕らがどこを見ていてどういうところに反応しているとか、あるいはワークショップでも、こういう感じの子育てをして行きたいんだろうなとか、たぶん感じてくれていたんだと思いますね」
実現したものの多くは……
LDKにある薪ストーブは、夫妻がこれまで食にかかわる仕事にかかわり食へのこだわりも強いことから、薪ストーブでこういうオーブンが付いてたら喜んでもらえるんじゃないかと提案されたもの。
2カ月ほどの交流期間を経た後、具体的な図面作業に入って、家の構成から仕上げまでが次第に詰められていくが、実は、このストーブをはじめ、漆喰壁や吹き抜けも、設計前に、「こんなものがあったらいいね」と夫妻で語り合っていたものだった。ストーブの周囲に敷かれた大谷石もそのうちのひとつだ。
「大谷石は、2人で『どういう家がいいかね』なんて話をしたときに出ていたアイデアで、そんなのすっかり忘れていて若原さんには言ってなかったんですよ。なので、そういう提案が出てきたときに、ああ…と」
建築家からすると、T夫妻が醸し出す雰囲気、ライフスタイルや好みの方向がはっきりしていたので、設計の方向は現状のデザインへと自然な流れで行ったということだろう。と同時に、夫妻の家づくりへの熱い思いとこだわりが、自分たちが望んでいたものを無意識のうちに引き寄せたとも言えるだろうか。
夫妻の立ち居振る舞いと見事に調和しているように見えるT邸。取材に訪れた私たちには、彼らが念願の「私たちだからこその家」を手に入れたのは、お2人に確認せずとも、確実なことに思えた。
設計 若原一貴(若原アトリエ)
所在地 東京都
構造 木造
規模 地上2 階
延床面積 81.62m2