Architecture
湘南の海を望む天空の家地上から高く離れて
海と山と空を満喫する家
「北鎌倉あたりも駅前が小さくていいかなと思ったんですが、都内に通勤する際に乗り換えが面倒くさいと思って。それで、東海道線で通勤できるギリギリのところ、大磯に絞って土地を探したらこの敷地を見つけました。ちょっと階段は急ですが、その分、海も山も見えて、天守閣からの眺望か!?というくらい景色が良くて、一目で気に入りました」
彫刻的な家にしてほしい
藤田さんは編集者で、この家を設計した後藤さんとは建築関連の本の企画で知り合ったという。「人間は大文字の建築に生活を投入するべきで、“抽象概念”と身体的なもの、具体的なものをせめぎ合わせていきたい」という過激思想(!?)の持ち主で、ロンドンに留学し前衛的な立体作品もつくっていたという藤田さんからの後藤さんへのリクエストは、一般に建築家へ投げかけられるものとはかけ離れたものだった。
「どういう部屋がほしいとか、どんな間取りがいいとかは一切なかったですね、僕は。彫刻みたいなものをつくってほしいということ、擁壁全体を使って立体的に構成していただけないだろうかという要望をまず伝えました」
実際、道路から藤田邸までへと上がる階段がかなり急な角度のため、道路レベルにある擁壁内のガレージからそのまま住宅内部へ入る案も検討されたという。ロースばりに、下のガレージから住宅までを貫通させて空間を連続させるというものだが、擁壁に穴を開けてつなげるというこのアイデアは、擁壁への構造的なダメージが懸念されて断念した。
地下へと家を埋める
ミース・ファン・デル・ローエの建築も藤田さんがこの家を建てる際に意識したもののひとつだった。アメリカ・シカゴ郊外に、ファンズワースという女医のためにつくられたこの建物は、ル・コルビュジエ設計のサヴォワ邸とともに20 世紀を代表する住宅だ。鉄とガラスのファンズワース邸と藤田邸は一見似てはいないが、周囲の自然を主役にするべく、余計なデザインをしない考え方を継承しようとしたという。
さらに、階段を上った敷地の地面の上にエントランスだけをつくり住宅をすべて地下に埋めてしまうというアイデアもあったという。しかしこれも、全地下というのは住宅として現実的ではないということからあきらめたが、部分的に実現案へと引き継がれた。外のテラスとダイニングキッチン以外の居室はすべて地下に位置するのだ。
海と山の景色を満喫
擁壁内をフルに使ってリビングと寝室、水回りを地下に収める一方で、ダイニングキッチンはテラスに直につながったスペースがほしいという奥さんからの要望で地上部分につくられた。キッチン脇からテラスへと出入りするプランとしたため、テラスでバーベキューパーティを開いたり、あるいは家族で食事をするときなどにはとても便利だという。
このDKは奥さんのお気に入りスペースで、日中、誰もいない時などにダイニングのベンチに座って外をずっと眺めているのが好きだという。テラスの向こうには、海と山と空が気持ちよく広がる。リゾートでしか味わえないようなこの開放感は日々の疲れを癒すのには効果大にちがいない。
触発する建築
設計のスタート時には過激なリクエストも種々出されたこの家に暮らし始めて約5年、藤田さんは小手先の意匠に頼らないストレートなつくりがとても気に入っているという。奥さんも「気持ちがよくて、日々いい家だなあと思いながら住んでいます」と大満足だ。
長男は1歳半の頃にこの家に移り住んできたが、最近、「おうちを設計する人になりたい」と言い始めているという。ご夫婦ともに美術畑出身ということからするとこの早めの(?)志望表明は不思議ではないが、巨大擁壁の土木の迫力に負けず、かつ快適な住環境を提供しているこの家の建築の力に子どもながら触発・感化されての発言であることは間違いないだろう。
設計 後藤武建築設計事務所
所在地 神奈川県中郡大磯町
構造 RC造
規模 地下1階平屋建て
延床面積 135.2m2(擁壁内ガレージ部分含む)