Architecture

湘南の海を望む天空の家地上から高く離れて
海と山と空を満喫する家

湘南の海を望む天空の家  地上から高く離れて 海と山と空を満喫する家
東海道線の大磯の駅から歩いて10分ほど。ゆるやかな傾斜の続く住宅地の先に、巨大な擁壁の姿が現れる。その上に立つのが藤田邸だ。この擁壁の上の敷地は、海と山が望めて駅から徒歩10分以内の場所という条件で探して見つけた土地だった。

「北鎌倉あたりも駅前が小さくていいかなと思ったんですが、都内に通勤する際に乗り換えが面倒くさいと思って。それで、東海道線で通勤できるギリギリのところ、大磯に絞って土地を探したらこの敷地を見つけました。ちょっと階段は急ですが、その分、海も山も見えて、天守閣からの眺望か!?というくらい景色が良くて、一目で気に入りました」


下の道路から見上げるとテラスの奥に三角の形をしたダイニングキッチンの部分が見える。その下のスペースは擁壁内に収まり地下になっている。テラスからは大空のもと、海と山の素晴らしい景色を望むことができる。
下の道路から見上げるとテラスの奥に三角の形をしたダイニングキッチンの部分が見える。その下のスペースは擁壁内に収まり地下になっている。テラスからは大空のもと、海と山の素晴らしい景色を望むことができる。
藤田邸は元々あった大きな擁壁の上に立つ。
藤田邸は元々あった大きな擁壁の上に立つ。
玄関右側の庭。松村文平さん(庭相)に依頼し、乱組の石、小熊笹、イロハモミジ、ツバキ、彫刻(藤田昭子作)などを配置した。
玄関右側の庭。松村文平さん(庭相)に依頼し、乱組の石、小熊笹、イロハモミジ、ツバキ、彫刻(藤田昭子作)などを配置した。


彫刻的な家にしてほしい

藤田さんは編集者で、この家を設計した後藤さんとは建築関連の本の企画で知り合ったという。「人間は大文字の建築に生活を投入するべきで、“抽象概念”と身体的なもの、具体的なものをせめぎ合わせていきたい」という過激思想(!?)の持ち主で、ロンドンに留学し前衛的な立体作品もつくっていたという藤田さんからの後藤さんへのリクエストは、一般に建築家へ投げかけられるものとはかけ離れたものだった。

「どういう部屋がほしいとか、どんな間取りがいいとかは一切なかったですね、僕は。彫刻みたいなものをつくってほしいということ、擁壁全体を使って立体的に構成していただけないだろうかという要望をまず伝えました」


ダイニングキッチンのスペース。奥さんは自宅で、映画などの背景合成、主にデジタルマットペイントの仕事をされていている。
ダイニングキッチンのスペース。奥さんは自宅で、映画などの背景合成、主にデジタルマットペイントの仕事をされている。

“立体的な”というのは、オーストリアの建築家のアドルフ・ロース(1870-1933)の建築が念頭にあった。後藤さんの研究対象でもあったロースの建築は、内部空間が立体的に接合・展開される「ラウムプラン」というつくり方で有名だが、それに近いイメージをもっていたという。

実際、道路から藤田邸までへと上がる階段がかなり急な角度のため、道路レベルにある擁壁内のガレージからそのまま住宅内部へ入る案も検討されたという。ロースばりに、下のガレージから住宅までを貫通させて空間を連続させるというものだが、擁壁に穴を開けてつなげるというこのアイデアは、擁壁への構造的なダメージが懸念されて断念した。


小学校の友達とテラスで遊ぶ6歳の長男(右)。
小学校の友達とテラスで遊ぶ6歳の長男(右)。
2014年12月に生まれた次男と奥さん。
2014年12月に生まれた次男と奥さん。


庇の長さが、夏の厳しい直射が室内へと入らないように調整されている。冬は逆に内部へと光が射し込んで昼間は暖かくなるという。
庇の長さが、夏の厳しい直射が室内へと入らないように調整されている。冬は逆に内部へと光が射し込んで昼間は暖かくなるという。

今のような時期はこの場所で昼寝をするのが最高という藤田さん。
今のような時期はこの場所で昼寝をするのが最高という藤田さん。
庭が取れなかったため植物はプランターで育てている。レモン、オリーブからハーブ各種まで道路側いっぱいに植えられている。
庭が取れなかったため植物はプランターで育てている。レモン、オリーブからハーブ各種まで道路側いっぱいに植えられている。


地下へと家を埋める

ミース・ファン・デル・ローエの建築も藤田さんがこの家を建てる際に意識したもののひとつだった。アメリカ・シカゴ郊外に、ファンズワースという女医のためにつくられたこの建物は、ル・コルビュジエ設計のサヴォワ邸とともに20 世紀を代表する住宅だ。鉄とガラスのファンズワース邸と藤田邸は一見似てはいないが、周囲の自然を主役にするべく、余計なデザインをしない考え方を継承しようとしたという。

 
さらに、階段を上った敷地の地面の上にエントランスだけをつくり住宅をすべて地下に埋めてしまうというアイデアもあったという。しかしこれも、全地下というのは住宅として現実的ではないということからあきらめたが、部分的に実現案へと引き継がれた。外のテラスとダイニングキッチン以外の居室はすべて地下に位置するのだ。


道路斜線などから傾斜させた屋根の平面上のラインは敷地の対角を結んだラインと重ねてつくられた。そのため、開口の向きが海に正対するよりも少し左に振られて山の景色も楽しめるようになった。
道路斜線などから傾斜させた屋根の平面上のラインは敷地の対角を結んだラインと重ねてつくられた。そのため、開口の向きが海に正対するよりも少し左に振られて山の景色も楽しめるようになった。
玄関近くの階段から見る。このあたりから天気のいい日に外を眺めると、洞窟の奥から見るように空の青みが目に染みる。
玄関近くの階段から見る。このあたりから天気のいい日に外を眺めると、洞窟の奥から見るように空の青みが目に染みる。

海と山の景色を満喫

擁壁内をフルに使ってリビングと寝室、水回りを地下に収める一方で、ダイニングキッチンはテラスに直につながったスペースがほしいという奥さんからの要望で地上部分につくられた。キッチン脇からテラスへと出入りするプランとしたため、テラスでバーベキューパーティを開いたり、あるいは家族で食事をするときなどにはとても便利だという。

このDKは奥さんのお気に入りスペースで、日中、誰もいない時などにダイニングのベンチに座って外をずっと眺めているのが好きだという。テラスの向こうには、海と山と空が気持ちよく広がる。リゾートでしか味わえないようなこの開放感は日々の疲れを癒すのには効果大にちがいない。


DKのレベルから見る。手前が吹き抜けで、奥に見えるグレーの部分が玄関の扉。
DKのレベルから見る。手前が吹き抜けで、奥に見えるグレーの部分が玄関の扉。
キッチンは、つくった食事をテラスに運ぶのにも都合のいい配置。
キッチンは、つくった食事をテラスに運ぶのにも都合のいい配置。


藤田さんからの建築家へのリクエストには「ギャラリーのようにアート作品が展示できる室内空間」もあった。地下へと降りる階段正面の壁には額田宣彦さんの作品がかけられている。
藤田さんからの建築家へのリクエストには「ギャラリーのようにアート作品が展示できる室内空間」もあった。地下へと降りる階段正面の壁には額田宣彦さんの作品がかけられている。

触発する建築

設計のスタート時には過激なリクエストも種々出されたこの家に暮らし始めて約5年、藤田さんは小手先の意匠に頼らないストレートなつくりがとても気に入っているという。奥さんも「気持ちがよくて、日々いい家だなあと思いながら住んでいます」と大満足だ。

長男は1歳半の頃にこの家に移り住んできたが、最近、「おうちを設計する人になりたい」と言い始めているという。ご夫婦ともに美術畑出身ということからするとこの早めの(?)志望表明は不思議ではないが、巨大擁壁の土木の迫力に負けず、かつ快適な住環境を提供しているこの家の建築の力に子どもながら触発・感化されての発言であることは間違いないだろう。


DKの階の壁にかかるのは土屋貴哉さんの作品。
DKの階の壁にかかるのは土屋貴哉さんの作品。
 
地下のリビングスペース。壁面収納の裏に階段と玄関がある。
地下のリビングスペース。壁面収納の裏に階段と玄関がある。
階段途中からDK方向を見上げる。靴のある場所が玄関でそこから上下に分かれてすすむ。
階段途中からDK方向を見上げる。靴のある場所が玄関でそこから上下に分かれてすすむ。


リビングの吹き抜け部分の壁にかかっているのは登山博文さんの作品。左の窓は海に正対している。
リビングの吹き抜け部分の壁にかかっているのは登山博文さんの作品。左の窓は海に正対している。
リビングは手前の窓と吹き抜けからの光で、地下ながら十分に明るい。
リビングは手前の窓と吹き抜けからの光で、地下ながら十分に明るい。

藤田邸
藤田邸
設計 後藤武建築設計事務所
所在地 神奈川県中郡大磯町
構造 RC造
規模 地下1階平屋建て
延床面積 135.2m2(擁壁内ガレージ部分含む)