Hobby
セオリーよりも、美学を貫く潔さが生み出す
心地の良い緊張感。
潔さの美学
Kさん夫妻が自邸を建てようと思い立ったのは、10台近くあった愛車を屋内で一緒に置ける空間が欲しいと思ったのがきっかけだったという。建築家への最初の要望はきわめてシンプルなものだった。
「土地が狭くて3階にせざるを得ないと思っていたので、最初のお願いは、3階建てにすることと、あとは1階は全部ガレージにしてほしいと。それぐらいでしたね」
その1階のガレージに現在置いてあるのは、アルファロメオ スパイダーと、バイクが7台、自転車が2台。バイクのうち5台はイタリアのスポーツバイク、ドゥカティだ。
5台も所有されているということで、ドゥカティにこだわる理由をKさんに聞くと、「美しいから」という簡潔な答えが返ってきた。
「必要なものがある以上に、不要な物が無いというのが我々にとって重要で、賃貸マンションとかだと、自分が見たくもないようなものが建築の中にどうしてもある。それを見なくて済むというのは私にとっては体に非常にいいし、フィットする感じがしますね」
K邸は、建築家が夫妻の具体的なライフスタイルや好みなどヒアリングから得たものをもとにデザインされたが、要所要所で大きく物を言ったのがこの潔さに裏打ちされた美学だった。
ヨーロッパスタイルのリゾート+カウンター割烹
たとえば、3階にあるLDKのスペース。建築家がこのK邸のメインの居住スペースをつくるのにヒントにしたのは、主に、ヒアリングから得た次のような内容だった。
以前、仕事でヨーロッパで暮らしていた時に、夏休みにフランス大西洋沿岸のリゾート地で借りたペントハウスの雰囲気がとても気に入っていること。奥さんが、板前さんがカウンターの向かいに座るお客さんに食事をつくるカウンター割烹のようなスタイルのお店に勤めていて、家に帰ってきてからも長い時間を掛けて料理をしていること。
3階建ての場合、セオリー通りの設計では、動線が長くなるため、LDKは2階につくる。しかし、夫妻から得た情報から、建築家は、セオリー通りの2階LDK案のほかに、3階にペントハウス的なLDKをつくる案も作成。夫妻は迷うことなく後者を選択した。
食材などを持ったまま毎日3階まで上がるのは大変だ。しかし、この不便さを承知の上で、現デザインを選択した潔さは、他のスペースでも発揮されている。実は、この家には、通常必ずあるものがない。浴槽がないのだ。ふだん浴槽はあまり使用しない上、場所も取るからと「シャワーブースだけでいい」と決断した。
また、ガレージの両開きの扉には鍵穴がない。これは建築家のデザイン的な見地からの提案だったが、Kさんは反対側の玄関に回って開閉するという不便さを承知でこのアイデアを選択した。
「普段あって当たり前の物が無いだけで、そこにはずいぶん潔さが生まれますね。鍵穴が無いのがこんなにきれいかと思いましたね」
家にフィットしたものを揃える
こうして手に入れた家。住み始めて、Kさんはある変化に気づいたという。
「自分が思うような器(=家)が出来たので、物を揃えやすくなりましたね。この家に合わせていろんな物を買い直したりとかしましたし。あと、以前から持っていたけど昔の家ではすごくちぐはぐだった物が、ひとつのところにようやく集結して落ち着くような、馴染んでいくような感じがありましたね」
しかし、「この家は隅々まで細かく気を使ってやったので、どこか一個でも手を抜いていると急にダランとしてしまう。この張りつめた感じは好きですね」とも語るKさん。この緊張感が、この家では不思議と心地の良さにもつながっている、そのようにも感じられた。
設計 若原一貴(若原アトリエ)
施工 アーキッシュギャラリー
所在地 東京都練馬区
構造 木造
規模 地上3階
延床面積 98.89m2