Architecture

空間を無駄なく使い切れる家大胆なプランが特別な
快適さをもたらす

空間を無駄なく使い切れる家  大胆なプランが普通では味わえない
平野邸が立つ目黒区の敷地は東急東横線の駅から歩いて10分ほど。道路から数軒隔てた一番奥に位置する12.5×5.5mという細長い形状の敷地は、3面が住宅、1面が駐車場に接している。

この家のプランは、敷地の奥に向かって左側に寄せて建物を置き、空いた右のスペースにその建物部分からボックス状のスペースを突き出すという思い切ったもの。平野さんは、建築家の岸本さんからこの提案を受けたとき、まったく考えてもなかったアイデアに驚いたが、同時に、気持ちよく住めそうだとも思ったという。


敷地奥に向かって左側の建物部分は、玄関から階段状の空間が続く。階段下のスペースには水回りと収納が配されている。
敷地奥に向かって左側の建物部分は、玄関から階段状の空間が続く。階段下のスペースには水回りと収納が配されている。
階段状に連なる空間の中で、キッチン前の空間は広めの踊り場にも見える。ここを右に折れると食事の間。
階段状に連なる空間の中で、キッチン前の空間は広めの踊り場にも見える。ここを右に折れると食事の間。
敷地の右側は庭と左の建物部分から突き出たスペース。
敷地の右側は庭と左の建物部分から突き出たスペース。
 
玄関入ってすぐの梯子を上って左手奥には畳の間がある。
玄関入ってすぐの梯子を上って左手奥には畳の間がある。


その時に図面と模型を見比べながら気持ちよさそうだと感じたのは、キッチンスペースがかなり長めに取ってあったことがひとつ。平野さんも料理をよくするためこれなら奥さんと2人で並んで立てそうだと思った。そこから、横に突き出た食事の間にすっと入っていけそうなところも好印象だったという。

この食事の間も含め、突き出たスペースから自分たちだけの外空間を楽しむことができるのも気に入ったポイントだった。「目黒の建て込んだ住宅地なのにこういうふうに外が見えるというのも素晴らしいなと思いました。あと、わたしは畳がすごく好きなので、畳の間があるのがとてもうれしかったですね」


左の食事の間に置かれたテーブルは建築家によってこの家のためにデザインされたもの。椅子はウェグナーの「PP701」。平野さんの身長に合わせてウェグナーの自邸で使われているものと同じサイズで特注。背にマホガニーが使われたヴァージョン。
左の食事の間に置かれたテーブルは建築家によってこの家のためにデザインされたもの。椅子はウェグナーの「PP701」。平野さんの身長に合わせてウェグナーの自邸で使われているものと同じサイズで特注。背にマホガニーが使われたヴァージョン。

無駄なく使い切れる空間

初めて見た時に驚いたとはいえ、このプランには、実は平野さんが伝えた要望がずいぶん反映している。無駄な空間が嫌いという平野さん。「柱の陰になるようなスペースがあるのも嫌ですが、リビングが20畳あっても、無駄に広くてまったく使えないと思うので、そういうことはお伝えしました」

無駄な空間がない、ということは、フルに空間を使えるということ。横に突き出た部分は、天井高がどれも抑えられコンパクトなつくりになっていてそうした印象が特に強いが、絶妙のスケールコントロールが行われてるため、天井の高い場所から移動すると親密さと落ち着きのある空間へと劇的に切り替わる。


左のキッチンスペースから隣の食事の間へは移動もスムーズ。天井高のある空間から移るとスケールを抑えた空間の親密さがなお一層引き立つ。
左のキッチンスペースから隣の食事の間へは移動もスムーズ。天井高のある空間から移るとスケールを抑えた空間の親密さがなお一層引き立つ。「6人ぐらいがマックスですが、ご飯を食べるのもすごく楽しいですね」。
キッチン前から見る。奥右手にソファが置かれたスペース。
キッチン前から見る。奥右手にソファが置かれたスペース。
正面に建築家と平野さんが“社会の窓”と呼ぶ小さな開口。外の社会とを繋げるこの窓はソファのスペースと畳の間にもある。
正面に建築家と平野さんが“社会の窓”と呼ぶ小さな開口。外の社会とを繋げるこの窓はソファのスペースと畳の間にもある。


3つのスペース

横に突き出たスペースは「とにかく快適で、家の中にいても外にいるみたいな感覚になる」という。ソファの置かれたスペースと食事の間は、外壁と内壁の素材が連続し、かつ、床と天井が同系色でまとめられているので「まったく別空間に来たような感じで、気分も変えられる」そうだ。

突き出ているのは3カ所だが、それぞれにはっきりと異なる役割が割り振られている。一番奥のソファの置かれたスペースではソファに座ってゆったりと過ごす。「風に揺れる竹を見てると気持ちいいし、ここでワインを飲むとおいしいですね」。そして、ダイニングのスペースは「椅子にしっかりと座れる感じがいい」と平野さん。


左のソファはピエロ・リッソーニの「BOX sofa」。以前からの持ち物でお気に入りだったため、これが入る空間がほしいと建築家にリクエストした。左端に“社会の窓”が見える。
左のソファはピエロ・リッソーニの「BOX sofa」。以前からの持ち物でお気に入りだったため、これが入る空間がほしいと建築家にリクエストした。
紙の貼られ天井部分には、塗装仕上げにはない質感がある。
紙の貼られ天井部分には、塗装仕上げにはない質感がある。
厚い壁の内部は収納。角度がついた開口デザインで光が拡散する。
厚い壁の内部は収納。角度がついた開口デザインで光が拡散する。


家でいちばん高い場所に位置する畳の間は「ごろごろしたりコーヒー飲んだり本読んだりするのが最高」だという。この場所は食事の間と同様に2面が窓で、宙に浮いている感じがいちばん強く感じられるとも。

「離れみたいな感じで使えるのでいい」という平野さんは、この場所でお茶も立てたいと思っているそうだ。宙に浮いたスペースで入れるお茶はまた一味違ったものになるのだろう。


畳の間から敷地の奥方向を見る、竹の奥に見えるのは食事の間。
畳の間から敷地の奥方向を見る、竹の奥に見えるのは食事の間。
奥が畳の間。2面がガラス窓になっている。
奥が畳の間。2面がガラス窓になっている。


ごろごろするのが快適という畳の間は天井高が140cmほど。このスペースにも“社会の窓”と名付けられた小さな開口がある。
ごろごろするのが快適という畳の間は天井高が140cmほど。

最後になったが、初めてこの家を訪れた人の目を引くのは玄関から最上部まで空間が階段状につながっていることだろう。この珍しい空間構成にも、平野夫妻の要望が反映している。「もともと2人とも階段が大好きで、岸本さん設計の建物をテレビで拝見した時も、階段がすごく特徴的な家だったので、そういうふうにしてほしいと、打ち合わせ時にお願いしました」 

そこまで階段に思い入れのある平野さんにとってもちろんこの階段状空間は移動するためだけのものではなく、快適さをも提供しているという。そしてさらには、座るという機能も果たす。「朝ごはんとかキッチンの近くにちょこっと座って食べたりもしてます」。どこまでも空間を使い切れる家なのである。


平野邸
設計 岸本和彦/acaa建築研究所
所在地 東京都目黒区
構造 木造 
規模 2階建て 
延床面積71.74m2