Architecture
アートを家族の象徴に敷地と立地を活かした
独創的な生活空間
家庭内コンペで建築家を決定
多摩丘陵が遠くに見通せる東京郊外ののどかな街。この地に育った矢部三千子さんが土地の一部を相続することになったのが、“トンガリの家”誕生のきっかけだった。
「息子の友達ママから、“あの家気になってたの、あそこに住んでるの?”などと言われます」と三千子さん。三角形の敷地に建つブルーの外壁の建物は、まわりの景観の中でひと際目を引く。
「家を建てることになった時、夫婦でそれぞれ3人の建築家をピックアップしてコンペをしたんです。たまたまふたりの本命が一致したのですが、それが関本さんでした」と語るのは、夫の信弘さん。「抜けているところと閉じているところのメリハリがあって、空間の使い方が面白いと思いました」。
妻の三千子さんは、「かっこよすぎる家は敷居が高くて住みにくいかなと。関本さんの建築は奇をてらっていないのだけど、行き届いていておしゃれ。人を緊張させない住みやすさがあると思います」。
外観のモダンで先鋭的なイメージと裏腹に、玄関の奥は明るくすっきりしていながら生活の匂いも感じさせる。ご夫婦と小学2年生の晴大(はると)君、幼稚園年中の右大(うた)君が、和やかに出迎えてくれた。
変形敷地を効果的に活かす
「土地の個性を活かして設計したかったのですが、三角形の先のすぼまっている部分をどう使うかで、非常に悩みました」と語るのはリオタデザインの関本さん。
「悩んだ結果、先端の向こうに望める多摩丘陵の眺望を取り込み、この敷地を活かしたいと考えました」。先端の先には緩やかに下ってまた上がる斜面が続き、その向こうに丘陵が望める。そこで2階のリビングの先端に開口部を設け、外に向かって流れていくラインを想定した。
天井は平面ではなく、床に対して平行な線と上に上がっていく線、下に下がっていく線が複雑に取り入れられ、それらがすべて先っぽに集約されていく。「そこに家族がいちばんよく集まるリビングを設けることでこの家の象徴としたいと思いました」。
北欧を感じさせるインテリア
「デッドスペースなので駐車場がくると思っていた」という1階の先端部分には、庭が設けられた。まわりを板塀で囲んだのは矢部夫妻のアイデア。「ベッドルームの布団どこに干す? から始まって。プライベートも保たれるし安心できるし、思いがけないボーナストラックになりましたね」。
ここに植えられたカリンは、三千子さんが子供の頃から実家の庭に植えられていた木だという。「この木を通して近所の人に声をかけてもらったり、懐かしい思い出があるので大事にしたかったんです」。2階と同じく1階の先端部分も、矢部邸の大切な象徴といえる。
庭に接続するベッドルームは、一面だけ塗られたブルーグレーの塗装が北欧の雰囲気を出している。関本さんはフィンランドに留学した経験もあり、北欧建築に影響を受けている。「特に意識しているわけではなく、機能に忠実に作ることを考えていますが、結果としてそういうテイストが出ているところはありますね」。
美大でテキスタイルを学んだ三千子さん、大手メーカーでプロダクトデザインを担当する信弘さんがセレクトしたインテリアも、どこか北欧テイスト。「もともと好きだったわけではないのですが、そういう雰囲気はありますね。全部北欧にしてしまうのも嫌なのですが」。
収納に活用しているたくさんの籠や布ものなどが示すように、三千子さんは民芸調の温もりのあるテクスチャーが好きだという。味わいのあるインテリアが、モダンな空間の中にあたたかさを添えている。
アートが象徴する家族の暮らし
この家の象徴ともいえるものがもうひとつ、リビングの先端にある。壁に埋め込まれたアート作品、“ビーンズ・コスモス”がそれで、ミラノ在住のアーティスト・廣瀬智央氏の作品だ。
「ちょうど建築中に個展に行き、これを取り入れられないかと思ったんです。関本さんに相談したら、面白いねと言って頂けて」。廣瀬氏も含めて打ち合わせをして、いちばん大切な場所であるリビングの、ソファーに座ったときに目に入る位置に埋め込んだ。
「家族の指紋をつけた紙粘土をブロンズで鋳造したもの、カリンの種、大事な地図をボールのように小さく丸めたものをアクリルの中に閉じ込めたものなんです」。その小さなコスモスは、ライトもついて中から光が放たれる。「昼間は水族館、夜は明るく浮き上がってまるで宇宙のようなんです」。
ファミリーにとって大切なものを詰め込んだコスモス。この家全体もまた、そんな雰囲気にあふれている。「天井を見上げて過ごすことが多くなりました。どこにいても光を感じることができるし、トップライトから空が見えて、開放感を感じます。天気予報が必要ないくらい、空の様子がわかるんですよ」。変形の土地に建つ個性的な建築の中、家族が温かく集う、穏やかな暮らしが営まれていた。