Architecture
コンパクトでも豊かに暮らす住まい手の感性と
建築家の知恵が融合
信頼できる建築家との出会い
自然豊かな郊外の住宅街。畑も多く、野菜の無人販売所も点在する静穏な地に、吉澤さん夫妻は4年前に家を建てた。「都心にも出やすく、緑も多い。家を建てるなら、学生時代から住み慣れたこの地がベストと考えていました」とはご主人の洋人さん。当初はマンション購入を考えていたそうだが、マンションはどれも同じ間取りで面白みがない。自分たちの好みを伝えられる自由度の高い戸建ての方に気持ちが傾いていったという。
限られた予算での戸建て建築。設計は、“うさぎのいえ”シリーズという狭小住宅を多く手掛ける大塚泰子さんに依頼した。「たまたま見た雑誌に大塚さんが載っていて、無料相談会に足を運んだのがきっかけです。大塚さんの作品(家)からは愛が伝わってきて、住む人の立場に立って考えてくれると確信。この人だ!と即決しました」と妻のさゆりさん。
大塚さんには土地探しから相談した。まず最初に大塚さんに言われたのが、「“かわいそうな土地”を探してきてください」だったと、当時を思い出して笑うご夫妻。タイトな予算ということもあり、「旗竿地や変形した土地でも大丈夫、私に任せてくださいという思いだったのですが、失言でした(笑)。吉澤さんが見つけてきたのは、南側に道路があり、日当たりも良く、敷地全体も整っていて、全然“かわいそうな土地”ではなかったですね」と大塚さんも笑う。吉澤邸の家づくりが、楽しくなごやかに進んでいった様子が目に浮かぶ。
小さな和室を贅沢に楽しむ
吉澤さんご夫妻のリクエストのひとつが和室を設けることだった。「小さなスペースの中で、収納にしたいという方と和室を作りたいという方では感性が大きく異なります。後者のような方には、小さくても豊かに暮らすことができるということをご提示したいと、建築家としてのやりがいを感じましたね」と大塚さんは話す。
キッチンの横に設けられた和室は3畳。といっても、1畳分は収納である。収納の下を空けて畳を敷くことで、しっかり足を伸ばして寝られるスペースを確保した。「このくらいのスペースがかえって安心感をもたらせ、心地良いですね。友人も気楽に泊まっていきます。2泊した人もいますよ(笑)」と洋人さん。訪れる人にも好評で、客間としても大活躍のようだ。
そして、和室と同じくらいのスペースの中庭を設け、緑を効かせたのも大塚さんのアイディア。和室を広く見せるポイントであり、ゆとりを感じられる空間にもなっている。「落葉し、芽吹いて、新緑の季節がやってきました。木があると四季を感じられるのが嬉しいですね」とさゆりさん。お酒が好きな洋人さんは、「モミジが色づいてきたら、和室で一杯いただくのが至福のときです」と。小さな和室を贅沢に楽しんでいる。
中庭はリビングの延長
料理好きの洋人さんは、キッチンが1番のお気に入りという。「アイランドキッチンは2人の希望でした。フライパンを振りながら、ダイニングに座る妻と会話をし、向き合った状態で料理を出すのが夢だったんです」(洋人さん)。2人でキッチンに立っても回遊性があるため狭さは感じないと。オシャレなキッチンになり、「ワイン率が増えた」と笑うさゆりさん。料理がさらに楽しくなり、器や盛り付けにも凝るようになったという。
キッチンに立って正面に眺められるのが、ヒメシャラの緑が映える、もうひとつの中庭である。「ふと見たときにグリーンが目に入るとほっとしますね」と洋人さん。木製のルーバーは、道行く人の視線を遮るものの、住んでいる人の気配を感じさせ、光と風を通してくれる。リビングからひと続きになっているため、奥行きを感じさせる視覚効果と、内外一体の開放感を味わえる。
「2人ともお茶を飲むのが好きなので、カフェみたいな感じで、とお願いしました」(さゆりさん)というリビングは、面積と天井の高さが絶妙なバランスで、程よい広さの心地よさを生んでいる。さゆりさんの「ハンモックをつけたい」という希望から、梁を出し、その分天井を高くした。白を基調としたふんわり淡い空間と、梁の間に整然と並んだ小さな照明が雰囲気を盛り上げている。
柔軟な発想から生まれた豊かな空間
狭小住宅においてカギを握るのはやはり収納である。
「物があふれると居心地が悪くなるので、収納を充実させて、しっかりそこに収めることが大切です」(大塚さん)。あらかじめ洋服や食器類などの手持ちの量、家電製品等のサイズをチェックして、全て収まるように設計。奥行のある大型収納を数か所に造り付けた。「何か購入する際は、そこからはみ出さないように気を付けています。捨てることを覚えましたね(笑)」(さゆりさん)。4年経った現在も、余白を残したすっきりとした空間が保たれている。
また、窓ガラスや床材、2階の天井の勾配など、表情に変化をつけることで広く感じさせるという視覚マジックも随所に設けられている。女性建築家ならではの細やかな配慮も感じられ、全く狭さを感じさせず、贅沢でのびやかな印象さえ受ける。
建築面積31m2、延床面積58m2というコンパクトな吉澤邸を、“小うさぎのいえ”と愛情込めて名付けた大塚さん。既成概念にとらわれず柔軟な発想で、小さくても豊かな空間を実現した。住まい手の感性とプロならではの知恵が詰まった“小うさぎのいえ”は、何気なく過ごすひとときが心地よく、幸せを感じる空間に。洋人さんとさゆりさんお2人の笑顔がそう物語っていた。
設計 有限会社ノアノア空間工房
所在地 東京都国分寺市
構造 木造
規模 地上2階
延床面積 58.88m2