Architecture
伐採した木材を有効活用こぼれる光、緑に癒される
日常の何気ない風景を愉しむ
アアルトのルイ・カレ邸に憧れて
都心からのアクセスも良い、緑豊かな住宅街。Aさん夫妻は、両親が所有する雑木林の一部を切り開いて、6年前に家を建てた。木々に囲まれて建つその家は、ゆるやかに傾斜する土地に沿うような屋根や白い壁と木部の対比が目を引く。美しい絵を見るような静かな佇まいは、フィンランドの建築家アルヴァ・アアルトがパリ郊外に建てた『メゾン・ルイ・カレ』(画商のルイ・カレ邸)を思い出させる。「以前から、家を建てるなら、メゾン・ルイ・カレのように自然に溶け込み、飽きのこない家がよいと思っていました。持っていたメゾン・ルイ・カレを映したお気に入りの写真をコピーして、工務店さんに見せながらイメージを伝えていきました」
いくつかの工務店に説明したもののなかなか伝わらず、モンモンとしていたときに出逢ったのが、アトリエKUKKA一級建築士事務所の大久保麻基さんだったという。「大久保さんは“メゾン・ルイ・カレのような家”というイメージや私たちの要望をしっかりキャッチしてくれました。描いてくれた図面はとてもあったかい感じで、ぐっときたんです」(奥さま)
感性の近い建築家との出会いが理想の住まいを実現する一歩となったようだ。
伐採した欅から生まれた大黒柱
A邸では、宅地のために伐採した樹木をさまざまなところに活用している。まず、リビングダイニングに入って目に飛び込んでくるのが、階段脇にすっくとそびえ立つ5寸角の欅の大黒柱だ。「まっすぐに育った立派な欅が採れたので、工務店さんのすすめもあってどこかに使いたいと思いました。悩んだ末に、夫の提案で階段脇になりました」(奥さま)
家族が毎日触れるところにさりげなく佇む大黒柱は、家族の成長を見守ってくれているという安心感ややすらぎをもたらせてくれる。
ほかにも、天井には樫の木、キッチンカウンターには欅の一枚板、ホールなどは欅とケンポナシをカットしたヘリンボーンの床にするなど、随所に伐採した樹木たちが用いられている。
「大切に受け継がれてきた土地を切り開いて家を建てたので、できるだけ伐採した木を生かしたかったんです。近くに住む父もとても喜んでくれています」
ご両親や自然の恵みに感謝する、ご夫妻たちの思いがこもった特別な住まいとなった。
植物とともにある暮らし
Aさんご夫妻の共通の趣味が“植物”。「以前住んでいたマンション時代から、たくさんの植物を育ててきました。家を建てるときには、コンサバトリー(温室)を設けることは外せない条件でしたね」とはご主人。
待望のコンサバトリーは、真夏の強すぎる陽射しを考慮して東側に配置し、リビングダイニングと連続性をもたせた空間とした。ポリカ折板の屋根の下につけたレースのカーテンにより、光の表情の変化とともに一日中グリーンが楽しめる。
また、庭と室内の間に半屋外空間を設けたことで、道行く人の視線を気にせず、生活できると話すAさんご夫妻。「カーテンを引かずに生活できるので、コンサバトリーから庭へとつながる緑の奥行き感も味わうことができます」
大好きな植物を常に愛でることができ、空間だけでなく暮らす人の心をも豊かにしている。
好奇心を刺激する飽きのこない家
伐採した木材だけでなく、床は天然の無垢材、壁は漆喰となるべく自然素材にこだわったAさんご夫妻。敷地の高低差を利用して60cm下げたリビングに鎮座する薪ストーブがそんな空間にマッチし、北欧テイストの甘すぎないインテリアとも調和している。また、高さにメリハリをつけた空間が落ち着きと開放感をもたらせ、見る方向によって異なる表情を愉しませてくれる。
「光がいろいろなところから落ちてくるのが心地よい」と奥さまが言われるように、A邸はかみ合わせの屋根に設けた窓をはじめ、小さめの開口がさりげなく配され、光や風、緑を効率的に取り込んだ設計になっている。奥さまの「月を見ながら眠りにつきたい」という可愛らしい願望も建築家の大久保さんが叶えてくれた。屋根のかみ合わせの隙間を利用し、2階の寝室に横たわったときに月が望めるよう計算して窓を設置。「月の光が幻想的なんです」と奥さまの嬉しそうな表情から満足度の高さがうかがえる。
さらには、本棚を設けたホールや趣味室、現在は子ども部屋となっているロフトのある部屋をゆるやかにつなげて回遊性をもたせたり、廊下の先に窓を設けたり、扉ではなく棚などで区切ったりと、この先どんな空間が広がっているのか好奇心をくすぐられるところがいくつもある。
暮らしやすさと遊び心のエッセンスを感じられるA邸は、住まい手がその時々に手を加えていける余白があり、いつまでも完成形になることはない“飽きのこない家”となった。