Architecture

音楽に捧げられた家 練習に、コンサートに、
音楽家たちとの語らいに

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スタジオ兼コンサート空間をつくる

「音の問題が僕らにとっては非常に大きかったので、どうしてもそこをクリアできるものにしたかったんですね」。こう話すのは川田健太郎さん。妻の藤﨑美乃さんとともに音楽家で、川田さんはピアノ、藤﨑さんはヴァイオリンの演奏家だ。

夫妻が自宅を建てる際にまず考えたのは楽器の練習ができ、かつ、小コンサートを催すことができる空間をつくることだった。ともにホールで演奏することが圧倒的に多いので、ホールと同じように音の残響を感じることのできる環境で日々の練習ができればと考えたという。

「練習用のスタジオでは防音のために壁も天井も吸音でつくられていることが多いのですが、そうするとホールなどの演奏空間とまったく違う体験になってしまうので、非常に良くないんです。そこで、防音の問題も解決しつつ、できるだけ本番に近い環境で練習できる部屋がほしいと考えていました」


「練習する段階からホールと同じような感覚で弾きたい」というお2人の願いが実現した半地下の空間。
「練習する段階からホールと同じような感覚で弾きたい」というお2人の願いが実現した半地下の空間。

川田さん自ら「無理難題ですね」と笑いながら語ってくれたこの設計課題に取り組んだのは、建築家の田口知子さん。さっそくこの「難題」を解決すべく練習室などを設計している専門家に相談すると「小さな空間で音を反射させたら演奏家は難聴になってしまうんじゃないですか? 無理ですよ」と言われたそうだ。

「それでもあきらめず、音楽ホールの音響設計を行っている専門家に相談したところ、可能性が見えてきたんです」と田口さん。「アドバイスに従って、天井はできるだけ高く、音を拡散させるジグザグの多角形天井としました。反射角度や下地材の間隔にもこだわり、さまざまな音域の音をまんべんなく拡散させる内装を工夫しました」

現場の途中で試演奏も行い、最終的にはすべての壁を反射性の素材で仕上げることにした。その結果、お2人が長い時間、思い切り演奏しても気持ちよく弾き続けることができる練習室兼小さなホールが完成した。


音響を考慮して天井部分がアップダウンしている。ふだんは吸音マットも使用する。正面の壁はスタッコ仕上げで藤﨑さんの好きな赤系統の色が塗られている。
音響を考慮して天井部分がアップダウンしている。ふだんは吸音マットも使用する。正面の壁はスタッコ仕上げで藤﨑さんの好きな赤系統の色が塗られている。

赤い壁

半地下の部分に完成したこのスタジオ兼コンサート空間。撮影時に演奏をしていただいたが、小空間ゆえに細かなニュアンスも失われず、また艶やかによく響く。この演奏の実体験もインパクトがあったが、赤色系に塗られた正面の壁面も強く印象に残るものだった。この色は赤が大好きという藤﨑さんが選んだものという。

「このスタッコ調の壁の色は、2種類の赤が混ざりあってニュアンスのある風合いになっていて、調光や光の当て具合でかなり表情が変わります。あと、なにより集中できる。ほかの演奏家の皆さんも、あの空間で練習するとものすごく集中できると言っています」(川田さん)

何十種類という中から選んだ赤色の壁面をバックにお2人のプロフィール写真を撮ったが、それを見た友人たちが「ここでぜひ撮りたい」と言って撮影によく訪れるという。プロのカメラマンとともに月に1回ぐらいの頻度で、一度に5人くらい訪れるというから、音楽家たちからもかなり気に入られているようだ。


2階から見下ろす。階段を下って右側に2、3階のプライベート空間と仕切るためのドアが設けられている。
2階から見下ろす。階段を下って右側に2、3階のプライベート空間と仕切るためのドアが設けられている。
1階に設けられたトイレの壁も藤﨑さんの好きな赤に塗られている。右はスタジオのドア。
1階に設けられたトイレの壁も藤﨑さんの好きな赤に塗られている。右はスタジオのドア。


人が集まる明るい空間

この家の2階部分はLDK。人がたくさん訪れるので、集まって楽しい雰囲気になる空間をつくってほしいとリクエストした。下の空間でイベントを催した際にこの部分まで開放することもあるという。「下でコンサートをした後に、お茶会やワインパーティーなど、よく行っています」(藤﨑さん)

「とにかく明るいイメージにしたかった」というが、これには音楽家ならではの理由も。「音楽家は閉じこもって弾いたりとか精神的にも自分を追い込んでいくようなところがあるので、生活空間はとにかく気持ちよく、明るい場所にしたいと思いました」(川田さん)

この空間にいると、気分的にすごくポジティヴになることができ、さらに夫婦ともに「この家には、すごくいい“気”が流れている気がする」とも。


「音楽家は集まってワイワイするのが好きなので、下で演奏をした後に、上でご飯を食べてみたいなことをイメージしていました」(川田さん)。ダイニングの上部が一部吹き抜けになっている。
「音楽家は集まってワイワイするのが好きなので、下で演奏をした後に、上でご飯を食べてみたいなことをイメージしていました」(川田さん)。ダイニングの上部が一部吹き抜けになっている。

キッチンから見る。正面の壁は道路側に傾いている。
キッチンから見る。正面の壁は道路側に傾いている。

より広く感じさせる

人が集まるということもあり、この空間にはできる限り空間を広く感じさせるような建築的工夫がいくつか施されている。「道路側の部分を張り出させてかつ壁を上に向けて斜めに倒して道路際まで建物を張り出させ、上のほうから光が入ってくるコーナー窓をデザインしました。あとは距離感を出すために視線が対角線に抜けるようにしたり、視線が多方向かつ立体的に抜けるように空間をデザインしています」(田口さん)

また、ダイニングの上に「細く切り込まれた渓谷のような吹き抜け」を設け、平面的にも壁を斜めに振って自然の地形のような自由な形を感じさせることで、閉塞感のない開放的な空間にしようと試みたという。


川田さんのリクエストでつくられた窓からは、道路を通して視線がずっと先まで抜ける。
川田さんのリクエストでつくられたコーナー窓からは、道路を通して視線がずっと先まで抜ける。
ハイサイド窓から光が降り注ぎ風が抜ける。上にスピーカーを置くと、「いい感じで響きが降ってくるように感じる」という。
ハイサイド窓から光が降り注ぎ風が抜ける。上にスピーカーを置くと、「いい感じで響きが降ってくるように感じる」という。
キッチンの側面にはコップのほかCDなどが置かれている。ペンダントライトの紐も藤崎さんの好きな赤色。
キッチンの側面にはコップのほかCDなどが置かれている。ペンダントライトの紐も藤﨑さんの好きな赤色。


こうした建築的な工夫が音響に関してもいい効果を生んでいる。「音が反射する際に、平行面が多いとフラッターエコーを起こしてしまいますが、ちょっと傾いていることで音が空間全体を回る。空間全体が楽器のように音を反射して音が空間を満たすような、そういう空間をイメージしてつくりました」(田口さん)


3階廊下部分を寝室側から見る。奥に本棚が見える。床がガラスの部分が吹き抜けになっている。
3階廊下部分を寝室側から見る。奥に本棚が見える。床がガラスの部分が吹き抜けになっている。
階段へと回り込む場所にある本棚は藤﨑さんのリクエスト。この場所に「好きな本が収まった本棚があるのが至福」という。
階段へと回り込む場所にある本棚は藤﨑さんのリクエスト。この場所に「好きな本が収まった本棚があるのが至福」という。


ウォークインクローゼットは演奏会用の大量のドレスが収納できるように天井を高くして2段式パイプと梯子を設置。
ウォークインクローゼットは演奏会用の大量のドレスが収納できるように天井を高くして2段式パイプと梯子を設置。
奥が寝室。寝室とウォークインクローゼットはドアを共有。寝室側を開けたときはドアが壁面にきれいに収まる。
奥が寝室。寝室とウォークインクローゼットはドアを共有。寝室側を開けたときはドアが壁面にきれいに収まる。


「いちばんのお気に入り空間は?」との問いに、音楽家夫妻は「スタジオ!」と声をそろえる。「クラシックだと最大で2000人くらいの規模で弾くこともありますが、ここではコンサートの本来というか原初のスタイルで、観客からとても近い位置で演奏することができる。細かいニュアンスまで共有できるので、これが僕らもすごく気に入っているんです」(川田さん)

このほかにも実現できたらと考えていたことがあった。仲間がたくさんいるので若手も含め音楽家を紹介できる場にもしたかったという。「自分の生徒とかにもここで経験を積んで巣立っていってほしいという気持ちもありました。いきなりコンサートホールとなると大変ですが、20人とか25人ぐらいの規模でやらせてあげることができればと」

パブリックにも開かれた場をつくることで音楽家としての幅が広がってきたようにも感じているという。「下の空間を使ってつねに新しいことが始められているので、それが大きいですよね」と藤﨑さん。そして2人ともにこうした経験を「いい活動につなげていけるようにしたい」と語ってくれた。


川田・藤﨑邸
設計 田口知子建築設計事務所
所在地 東京都中野区
構造 RC造+耐火木造
規模 地上3階
延床面積 118m2