Architecture

ジュエリーのアトリエを併設シンプルながら
変化を楽しんで暮らせる家

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シンプルに生活したい

「古い家だったので、いずれは建て直したいと思っていました」と話すのは、高校で教師をされている高さん。「狭い敷地のまま建て直すしかないと考えていたんですが、たまたま横の敷地が空いたのをきっかけに新築することになった」という。

設計を担当した猿田さんは、雑誌の特集頁で作品を見かけ、そのシンプルなデザインが気に入って依頼した。
「夫婦ともにごたごたした空間が好きではないんです。その作品はシンプルな感じで、“この家いいね”と意見が一致しました」(高さん)

シンプルにしたかったのはデザインだけではなく、「シンプルに生活したい」そして「生活感の感じられる空間にしたくない」という思いもあったという。


キッチンとダイニングテーブルを一体のものとしてデザイン。木の上にモルタルを塗りつけ、さらに塗装をした上から防水塗料を塗っている。テーブル部分は鉄板の壁に合わせて脚の部分を鉄板にしている。
キッチンとダイニングテーブルを一体のものとしてデザイン。木の上にモルタルを塗りつけ、さらに塗装をした上から防水塗料を塗っている。テーブル部分は鉄板の壁に合わせて脚の部分を鉄板にしている。

しかしこの家は「シンプルなデザイン」から一般にイメージされがちな空間ではない。変化に富んでいるように体感されるのだ。それはまず敷地の形から来ているという。「敷地の形がこの2階でもわかるように変形していて、それにあわせてプランを練っていきました」と猿田さん。

さらに斜線制限や用途地域が敷地の途中で変わっていることなどの厳しい条件に対応しつつ、それを設計へとうまく取り込み消化していった結果、斜めの天井が現れたという。


右のテラスから入る光が明るく室内を照らす。これだけ上部が開いていても外からの視線からは守られている。高さんは風呂上がりにこのテラスに出て涼むこともあるという。
右のテラスから入る光が明るく室内を照らす。これだけ上部が開いていても外からの視線からは守られている。高さんは風呂上がりにこのテラスに出て涼むこともあるという。
2階テラス脇のコーナー部分。正面の壁には鉄板が張られている。
2階テラス脇のコーナー部分。正面の壁には鉄板が張られている。
キッチンの隣に設けられたパントリー。たっぷりと収納スペースが取られている。
キッチンの隣に設けられたパントリー。たっぷりと収納スペースが取られている。


質感にもこだわる

その結果、シンプルながら変化の感じられる空間がつくり出されたが、さらに採用された素材の質感がその印象を強化している。キッチンとダイニングテーブルは独特の質感で存在感を発揮しているが、これは雑誌で紹介されていた猿田さんの自邸でも採用されていた仕上げで、木にモルタルを塗り、さらに塗装をしたうえで防水塗料を塗ったもの。 

「猿田邸のキッチンの仕上げが気に入っていたので、“あの感じでどうですか”と聞かれて、“ぜひお願いします”と答えました」(高さん)。ただし、脚の部分は奥さんの岡松さんのアイデアで鉄板に変更してもらったという。

さらに、2階南側の内外の壁には鉄板が使われているが、これは素材で変化を出したいという夫妻の要望を受けて猿田さんが提案したものだ。このほか、寝室の壁の1面をグレーのジョリパット仕上げにしたのも、夫妻の要望に応えて設計サイドで提案したもの。床のヘリンボーンは夫妻で選んだものという。


右の壁に水回り空間への扉が設けられている。
右の壁に水回り空間への扉が設けられている。
リビングに面した扉を開けると水回り空間が現れる。奥の浴室に行くには手前の空間から左に折れつつ下りる。
リビングに面した扉を開けると水回り空間が現れる。奥の浴室に行くには手前の空間から左に折れつつ下りる。


テラスとの間には一体感を出すために壁を設けずガラスと柱・サッシのみとした。さらに南側の壁を鉄板として内外の連続感を出している。テラスのベンチは当初、そのまま内部まで延ばす計画だったという。
テラスとの間は一体感を出すために壁を設けずガラスと柱・サッシのみとした。さらに南側の壁を鉄板として内外の連続感を出している。テラスのベンチは当初、そのまま内部まで延ばす計画だったという。

アトリエを併設

この家の計画での大きな特徴は、ジュエリーデザイナーをされている岡松さんのアトリエを併設する点もあった。当初は「猿田邸をひとつのモデルとして考えていたので、猿田邸のようにアトリエを住居とは別のものにした方がよいのではないかと考えた」という。

結局、内部でつながるつくりになったが、入口は住宅の玄関のほかにアトリエにも設けられている。躙口(にじりぐち)のようにしてつくられたその入口をくぐると、2層分ある吹き抜け空間が現れる。そしてコーナーにつくられた中2階の先には岡松さんが使う書斎が設けられている。


中2階の奥につくられた岡松さんの書斎。
中2階の奥につくられた岡松さんの書斎。
スリット状に開けられた開口から光がふんだんに入る。猿田さんは「光の印象的な空間にしたかった」という。
スリット状に開けられた開口から光がふんだんに入る。猿田さんは「光の印象的な空間にしたかった」という。


黒い部分が入口。茶室の躙口のように身をかがめて中に入る。
黒い部分が入口。茶室の躙口のように身をかがめて中に入る。
デザインと素材の質感からアートの雰囲気の漂う空間になっている。
デザインと素材の質感からアートの雰囲気の漂う空間になっている。


岡松さんがデザインしているジュエリーのブランド名はMAYU accessories。写真のカタログなどのデザインおよび撮影のディレクションも岡松さんが自ら行っているという。
岡松さんがデザインしているジュエリーのブランド名はMAYU accessories。写真のカタログなどのデザインおよび撮影のディレクションも岡松さんが自ら行っているという。

「アトリエはまずデザインをしたジュエリーの撮影ができる場所にしたかったんですね。あとは向かいにマンションが立っているので、外からの視線を気にせずに仕事ができるようにしたいというのが希望でした」(岡松さん)

中2階は計画の初期にはなかったもので、お2人がロンドンへの旅行の際に見た紳士服店の作業場がヒントになってつくられた。将来的にはショールーム的に使用することも考えているという。


アトリエと住居部分とはトイレを介して内部でつながっている。
アトリエと住居部分とはトイレを介して内部でつながっている。手前がアトリエ。
左がアトリエで右が住居部分。
左がアトリエで右が住居部分。


閉じつつ開放感もある空間

この家を「実際以上に広く感じる」という高さん。「周りが家に囲まれているので、プライバシー的な面も考えつつですが、開放感もほしいというお願いをして、最初は中庭もほしいというようなことも言っていました」

この要求がいちばん明瞭なかたちで実現されているのは2階のキッチン+ダイニングの隣の空間だ。中庭はテラスへと変更されたが、この空間が室内を延長したようにも感じられるのは間にガラスを挟んだうえで壁で囲っているため。壁で閉じられているが、その上の部分をすっぽりと開けることで空への視線の抜けを確保している。


広いスペースに大きなベッドを置きたかったという寝室。床は夫妻の希望でヘリンボーンに。壁は一面だけジョリパット仕上げ。天井から吊るされた照明はトム・ディクソンの製品。丸太をそのままナイトテーブルにしている。
広いスペースに大きなベッドを置きたかったという寝室。床は夫妻の希望でヘリンボーンに。壁は一面だけジョリパット仕上げ。天井から吊るされた照明はトム・ディクソンの製品。丸太をそのままナイトテーブルにして使っている。
彫刻のような存在感で印象的な階段。
彫刻のような存在感で印象的な階段。
階段の上部にはイタリアの建築家、カルロ・スカルパの作品を想起させるオブジェがつくられている。
階段の上部にはイタリアの建築家、カルロ・スカルパの作品を想起させるオブジェがつくられている。


玄関の脇にシューズクローゼットがつくられている。
玄関の脇にシューズクローゼットがつくられている。
左が玄関ドア。右のドアを開けるとトイレがあるが、このトイレを介してアトリエに行くことができる。
左が玄関ドア。右のドアを開けるとトイレがあるが、このトイレを介してアトリエに行くことができる。


高さんの書斎だが岡松さんも使うという。ともに「こもる感じになるので集中できる」という。
高さんの書斎だが岡松さんも使うという。ともに「こもる感じになるので集中できる」という。

変化があり、かつ開放的だが外からの視線からは守られている。そのような空間が実現されているのがお2人の言葉にも表れている。

「開放感がありつつ閉じられてもいるという安心感があるのがすごくいい」と岡松さん。高さんは「家ではこの2階の空間にいることが多いですね。家で飲むことが多くなったのも、シンプルながら空間に変化が多いのが心地いいからなのかなと思っています。それと、昼と夜、また天気や季節によっても表情が違うし、外の変化も感じられる。そうしたこともあわせて楽しみながらずっとここにいられる気がします」

猿田さんは「家の中に入ったらまったく別世界になるようにしたかった」というが、その言葉の通り、外観からはまったく想像のできない開放的で変化を楽しめる空間が出来上がっているのである。


高・岡松邸
設計 CUBO design architect
所在地 東京都三鷹市
構造 木造
規模 地上2階
延床面積 160.74m2
岡松さんのジュエリーブランド MAYU