Architecture
昔から流れてきた時間をつなげる中庭が暮らし方の決め手
窓辺の風景を美しく彩る
古くからあった木々をよけるように建つ
一級建築士の小野喜規さんが、「祖父母の代から住んでいて、慣れ親しんだ場所」と話す東京・自由が丘にアトリエ兼自宅を建てたのが6年ほど前。半世紀以上建っていた旧家を建て替えた母屋が、10年の歳月を経て味わいを増してきた頃だった。母屋の隣に、1階を設計事務所、2階を住居スペースとして増築した。「すべてを新しくするのではなく、いままであった庭木や家具などをなるべく残しつつ、昔からの時間をつなげていく延長線上のような雰囲気で造れるといいなと思いました」
小野さん一家が暮らす増築部分は、家全体が細長く、凹んだり、広がったりと不思議な形になっている。これは、昔からあった古い樹木をよけるように建てたからだ。
「この家は小さな中庭を囲むように建っています。中庭を全部取り払った方が住宅スペースは広く取れましたが、もともとあるものを活かすというコンセプトで考えた時に、やはり中庭を残したかったんです。そこに流れてきた時間を大事にしたかったので」と喜規さん。同じく建築家で妻の真紀さんも、「増築する前からあったこの花壇が好きだったので、これを囲むように造りたいと最初から考えていました」と話す。
中庭を残し、緑を眺め、触れ合うことが、小野さんたちの暮らし方の決め手になったようだ。
モミジが主役の玄関
アトリエ兼住居を建てるにあたり、喜規さんが最初にイメージしたのが、中庭を臨みながら仕事をしているご自身の姿だったという。「アトリエで自分のデスクはココと最初から決めていました」と笑う喜規さん。デスク脇の小窓からは、中庭の緑がゆらめく様子や、母屋を建て替える前からあるテーブルやイスなどが見える。「古い記憶にあるものが身近にあると、なんとなく落ち着きますね」と喜規さん。
アトリエのエントランス脇のモミジは6、70年前からあったもの。モミジを残すようにして玄関を造り、モミジにかからないように庇も小さめに設置した。「かつてはゆったりした敷地の端にあったモミジ。意識から遠のいていたのですが、身近にあるとあらためて大事な存在になりますね」(喜規さん)
時間とともに変化する素材
「新しい材料を使うものの、いい意味で朽ちていく、徐々に味わいを増していく材料を選びました」(喜規さん)と、屋内で使用する材料にもこだわった。
2階のリビングの床は、経年変化が楽しめるナラ材をチョイス。「時間が経つと変わっていく家具が欲しかった」とダイニングテーブルもナラ材でオーダーした。一方、1階の打合せスペースは、時間とともに濃くなっていく習性があるというアメリカンブラックチェリーの床材に、ウォールナットのテーブルを置いた。「1階と2階はそれぞれ違う味わいが出てくる素材を使いたかったんです」(喜規さん)
玄関の取っ手やリビングの照明は真鍮製に。「最初はピカピカでしたが、6年経って、ずいぶん味わいが出てきました」と真紀さん。時間とともに変化する素材たちに愛着がわいていくようだ。
美しい窓辺の風景
小野邸には、居心地のよい窓辺のスペースがそこここにある。「その場所から何が見えるのか、そこでどのように過ごすのか、それに合わせて窓の位置や大きさなどデザインしていきます」と喜規さん。窓辺に寄り添いたくなるような雰囲気を大切にしているという。
1階の打合せスペースは、仕事の打ち合わせだけでなく、ブレイクタイムを過ごしたり、思索にふけたりする場所としても活用している。4方向に設けた窓は、それぞれのスペースの特徴を活かした造りになっている。
例えば、庭が良く見える西側の窓は、座った時に最も眺めのいいように考え、腰掛けやすい高さに設定。西日が入ってくるときにはロールスクリーンを下ろし、映りこんだ木の影を楽しめるようにした。また、南側のエントランスの窓は大きく開き、室内からも玄関のモミジが気持ちよく見えるように。これからの季節、太陽が下がってくると木洩れ日が広がり、影が打合せスペースの方まで入ってくるよう計算して設えた。
光の差し込み方、樹影や木陰が移動するさまなど、丁寧に考え、造られた窓たち。日々の暮らしのささやかなことに喜びや楽しみを見い出せる、そんな住まいと感じた。