Architecture
和の趣を愉しむ昔ながらの佇まいに
暮らしの美が宿る
建てるなら、真壁造りの家に
小澤博人さん・水奈さん夫妻の家が建つのは、玉川上水にほど近い閑静な住宅街。この場所に家を建てるにあたって夫妻が思い描いたのは、真壁造りの家だった。編集者という職業柄、住宅やインテリア取材も経験してきた水奈さん。「取材した中で魅かれたのが、真壁造りの家だったのです。日本の気候に合う構法だと思いました」。柱を外に出す真壁造りは、日本の伝統工法。近年、洋室の増加とともに壁の中に柱が入る大壁造りが増えているが、小澤さん夫妻は、昔ながらの日本家屋を望んだ。
「もともとこの場所には、主人の祖父母が暮らした古い家が建っていました。そのイメージがあったことと、偶然にもこの近所に私の祖父母が暮らしていた家があり、その懐かしい記憶を再現したいという気持ちがありました。そこで、真壁を得意とする建築家を探し、この人ならと見込んだ方に連絡をとりました」(水奈さん)。
水奈さんが連絡した建築家の日影良孝さんは、国産の良材を大工が組み上げる伝統的な建築を得意とする。「夫妻のお話を聞いて、高度成長期以前に東京に建っていたような家をイメージしました。具体的には、屋根の庇が深く出ていて、外壁が板張と漆喰と真壁で構成されている。内部空間に関しては間仕切りに建具をきちんと配置して、その建具をモダンなデザインにする。古民家風、農家風ではない、かつての東京の住まいです」。
大人二人と猫が静かに暮らす家
設計にあたっては、昔ながらの意匠とともに、収納や動線、掃除のしやすさなど使い勝手につながる面も重視。水奈さんは「これまで国内外で6軒の家に暮らし、多忙な日々を過ごしてきました。不便なこともありましたが、その都度快適に暮らせるように工夫してきました。その頃の経験が、今回の家づくりに生きたと思います」(水奈さん)。こうして、1階の台所の裏手に洗濯機も置ける家事室を設けたり、2階に広い納戸を設けるなど、機能的な間取りが実現した。
さらに日影さんは、夫妻が落ち着いた暮らしを営めるように配慮。博人さんの希望で居間に掘りごたつをつくり、2階には夫妻それぞれの書斎を設けた。「昔の日本家屋には廊下がありましたが、最近はスペースの有効活用の観点から、あまり廊下を設計しません。けれども、小澤さんの家では2階に広めの廊下を設けました。一見無駄に思えますが、あの廊下があるから豊かな気持ちになれるんです」(日影さん)。
また、3匹の愛猫のためには、各室に猫ドアを設置。広縁から屋外に出ることができるドアもあり、猫たちは自由に内外を行き来できる。
ずっと居たくなる空間
この家にしっくりとなじむ古い家具は、新居のために揃えたものかと思いきや、以前から使っていたものがほとんどだという。「マンション住まいの頃から古い家具が好きで使っていました。祖父母から受け継いだり、骨董屋さんで買い求めたものです」(水奈さん)。日影さんは「設計段階から、これらの素敵な家具を見ていたことも、新居のイメージをふくらませる助けになりました」と話す。
小澤さん夫妻がこの家に暮らしてもうすぐ3年になる。落ち着いた佇まいと暮らしぶりは、ずっと以前からこの家で夫妻が暮らしていたかのようだ。暮らしの変化を訪ねると、「夫は庭の手入れをするようになりました。一画に家庭菜園をつくっていて、今年の夏は万願寺唐辛子やトマトが収穫できました。あとは、いらっしゃるお客さまがみなさんくつろいでくださるんです。特に庭の植栽が完成してからは、掘りごたつに座るとお尻に根が生えちゃう感じですね(笑)」。それを受けて日影さんは、「長く居たくなるというか、いつの間にか時間が経ってしまうような家が目標なので、嬉しいです」と応えた。住まいと暮らしの美が調和する小澤邸では、今日も静かな時間が流れている。