Architecture

友人たちと楽しく過ごせる家2層分の吹き抜けを
大階段がぐるりとめぐる

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大胆な階段案を即決

前田邸の2階玄関を入るとそこは大きな吹き抜けのLDK空間。すぐ右手の部分からは幅90cmある存在感のあるスチール階段が大きく左へとカーブを描きながら3階へと向かう。階段は3階からさらにまた左へとカーブしながら上昇して、途中から湾曲したRCの壁に挟まれながらテラスのある4階まで続く。

住宅には珍しいこの大胆な空間構成は、建築家から出された3つの設計案から前田さんが選んで即決したものだった。「とてもダイナミックなつくりで、これまで見たことのないものでした」。そして見た瞬間に、「あ、これだ!」と思ったという。


2階の玄関ドアを開けると目の前に大きな階段が現れる。この白いスチール階段はカーブを描きながら4階まで続く。
2階の玄関ドアを開けると目の前に大きな階段が現れる。この白いスチール階段はカーブを描きながら4階まで続く。

「リビングとテラスを広く取りたい」という前田さんのリクエストを十二分に満たした案は大きな吹き抜けをつくることで奥さんの次のような思いにも応えていた。「壁で空間を区切るのが好きではなくて、人が来たときにすぐわかるほうがいいし、つねに誰がどこにいるかが感じられるような空間がいいと思っていました」

建築家の御手洗さんはこの実現案で「楽しいと思える階段をつくろう」と思ったというが、それは前田夫妻から出されたリクエストに、「友人を招いてパーティをよく開く」という前田家のライフスタイルも考えあわせた結果だった。

この「階段をぐるぐると回す案」(御手洗さん)は、パーティなどで訪れたお客さんが寝室の前を通らずに屋上のテラスに出られるようにしたいというリクエストにも応じて、3階レベルでは、階段と寝室に通じる廊下が分岐したつくりになった。

動くたびに風景が変わって見えてくる――これはこの階段の大きな特徴だが、玄関を入って右側の階段沿いに大きな開口を設けたために、「動くと見えてくる風景」に高架とそこを走る電車などが加わり、「見える風景」はよりダイナミックに。これにはさぞ訪れたお客さんの気分も高揚することだろう。


2階LDKは前田さん夫婦が集めた家具や置物でコージーな雰囲気が漂う。北側に設けられた大開口からはすぐ脇を通る高架が見える。RC造にしたのは、耐久性と遮音を考えてのことだったという。

大きな階段をつくるために

高架に接しているうえに、将来的に幅員20mの道がすぐ脇を通る予定だという前田邸のこの存在感のある階段は都市的なスケールに応じたものとも感じられるが、そうしたものを住宅に入れ込むのには御手洗さんはやはり気を使ったようだ。

「大きなものを室内に入れるので、それによって空間が制約されてしまう部分もある。これ以上階段が押してくると収納が取れないとか廊下幅が足りなくなるとか、そういったこととのせめぎあいの中で自然と形が決まっていきました」(御手洗さん)


階段の下がダイニング。階段がちょうど天井がわりになって落ち着くスペースになっている。キッチンはアイランドにすることも考えたが、空間が切れてリビングとの一体感がなくなることから壁沿いにつくることに。
階段の下がダイニング。階段がちょうど天井がわりになって落ち着くスペースになっている。キッチンはアイランドにすることも考えたが、空間が切れてリビングとの一体感がなくなることから壁沿いにつくることに。
3階のこの面は両脇が水回りでそれ以外は収納。「生活感を出したくない」という奥さんの要望から収納は多めにつくられている。
3階のこの面は両脇が水回りでそれ以外は収納。「生活感を出したくない」という奥さんの要望から収納は多めにつくられている。
玄関近くから見る。木はラワン材を使用。色むらが激しいため、御手洗さんは1枚ずつ慎重に選んでいったという。
玄関近くから見る。木はラワン材を使用。色むらが激しいため、御手洗さんは1枚ずつ慎重に選んでいったという。


3階から2階玄関周りを見下ろす。
3階から2階玄関周りを見下ろす。
宙に浮かぶ階段が空間にダイナミズムと流動感を与えている。
宙に浮かぶ階段が空間にダイナミズムと流動感を与えている。


どういう感じで入るのか

一方、奥さんは、大胆で見たこともない空間のつくりには心配もあったという。「主人は一目ぼれで、わたしももちろんこの案がよかったんですが、階段がこの空間の中にどういう感じで入るのかが想像ができなくて心配な部分はありました」

「どういう風に階段がリビングを回るかも模型ではつかみにくかったし、階段が空間を区切ってしまわないかとか、階段が邪魔になってキッチンまで視線が抜けないかとか、実際建ってみないとわからない部分がいろいろあって、できるのが楽しみでもあった半面、不安というか心配な部分もたくさんありました」

しかし、すべて杞憂だったという。「実際にできてみると心配していたようなことはまったくなくて、逆にこの空間のなかで階段がいい感じで存在してくれているので、この案にしてすごく良かったなと思っています」


「越してきたときにまだ家具がなくて床に布団敷いて寝たんですが、天井を見てこの案でよかったなと思いました」(前田さん)
「越してきたときにまだ家具がなくて床に布団敷いて寝たんですが、天井を見てこの案でよかったなと思いました」(前田さん)
3階奥に寝室がある。お客さんがテラスに上るときに寝室の前を通らずにすむように計画された。
3階奥に寝室がある。お客さんがテラスに上るときに寝室の前を通らずにすむように計画された。


4階レベルにある屋上テラス。背後の高架を電車が通る。2階からカーブしながら上がってきた階段のかたちがそのままテラスに現れている。4階線路側の部屋から見るとほとんど電車が目の前を通る感覚だそうだ。
4階レベルにある屋上テラス。背後の高架を電車が通る。2階からカーブしながら上がってきた階段のかたちがそのままテラスに現れている。4階線路側の部屋から見るとほとんど電車が目の前を通る感覚だそうだ。

ゆったりめのつくり

美しい弧を描いて上昇していくこの階段、形だけでなく上り下りの移動にも繊細な気配りがなされている。移動するたびに刻々と変わる景色のほうに気が取られるという部分ももちろんあるが、上下動が疲れないのだ。

「幅だけでなく蹴上げと踏み面の関係もゆったりめにつくって、上り下りが苦にならないような階段にしています」(御手洗さん)。前田さんは「これ以上一段一段が高くなると上がるのにしんどくなるし、これ以上階高を高くすると階段が急になる。空間とのバランスもちょうどいいです」と話す。


奥さんが遠くまで抜けて見えるので気に入っているというテラス。晴れた日には北東の方向に東京タワーやスカイツリーも見えるという。
奥さんが遠くまで抜けて見えるので気に入っているというテラス。晴れた日には北東の方向に東京タワーやスカイツリーも見えるという。
敷地の北側は幅員20mの道路が通る予定。そのときは1階のテナントはこちら側がメインのエントランスになる予定。
敷地の北側は幅員20mの道路が通る予定。そのときは1階のテナントはこちら側がメインのエントランスになる予定。
南側にある路地から室内と同じ左にカーブする白い階段が2階へと導く。
南側にある路地から室内と同じ左にカーブする白い階段が2階へと導く。


奥さんはこの家に友人を招いて意外だったことがあるという。「遊びに来た人たちがこの階段をいろんな使い方するんですね。“結婚式の登場のシーンとかできそうだよね”とか言って、階段を下りてくる写真を撮ったりとか。あ、そういう発想もあるんだなと」

前田さんがこの案を最初に見たときに「友だちが多いのでよく家に呼ぶんですが、そのときのことをイメージするといちばん楽しく過ごせそう」と思ったというが、実際にはそのとき前田さんが抱いたイメージ以上のことが起きているのではないか、奥さんの話を聞いてそのように想像した。


前田さんのお気に入りの玄関前のテラス。奥さん曰く「“俺の憩いの場”っていつも言っています」
前田さんのお気に入りの玄関前のテラス。奥さん曰く「“俺の憩いの場”っていつも言っています」
前田さんが東南アジア旅行などで購入したという彫刻の置物がしっくりと空間におさまっている。
前田さんが東南アジア旅行などで購入したという彫刻の置物がしっくりと空間におさまっている。


前田さんのオーディオセット。棚の上にはレコードのみ。DJ用の機器も置かれている。
前田さんのオーディオセット。棚の上にはレコードのみ。DJ用の機器も置かれている。
キッチン上の籐製の籠の色味がラワンの色味と揃えられている。
キッチン上の籐製の籠の色味がラワンの色味と揃えられている。


stir(前田邸)
設計 御手洗龍建築設計事務所
所在地 東京都目黒区
構造 RC造
規模 地上4階
延床面積 147m2