Architecture
人が集まる家をつくる玄関を入ると
そこはキッチン……
みんなが集まる家
浅沼邸の玄関を入るとすぐ左手に長さが3m近くある大きなテーブルが目に入る。そしてそのすぐ奥には、テーブルに平行してキッチンスペースがつくられているのが見える。
家に入ってすぐキッチンがあるこのつくりは奥さんの彩子さんのリクエストだった。「みんなが集まってくる家」「入ったらすぐいい香りがするような家」にしたかったと話す彩子さんは食関係の専門家。現在は発酵食品を使った「美腸生活」の研究家としての活動をメインにすえているという。
大テーブルは家族がダイニングテーブルとして使用するだけでなく、ワークショップで発酵食品の仕込みを行い、また料理やパンをつくる作業をするためのもの。ワークショップを中心に食関連のつながりなどからこの家には人が集まってくるが、「誰のものでもない、みんなの土地を使わせていただいているという感覚で住みたい」という彩子さん。そして「閉じないことでつながる出会いがあるので、できれば開いていたい」という思いも、「人が集まる家」というコンセプトの根っこの部分にはあるようだ。
丈夫でがんがん使える
いちばんのこだわりであったキッチン部分については、そのつくりから材質まで、彩子さんは自分がもつイメージに近い写真素材を建築家の佐々木さんに送ったという。
「ワークショップをするときは作業用の材料を広げるのでテーブルが広いということ、そしてキッチンは見た目もいいものがいいんですが、丈夫なつくり、材質であまり気にせずにがんがん使えるというのが希望でした」
彩子さんのさまざまなリクエストを受け止めつつ設計を進めた佐々木さん。「スタートとなったのがキッチンを街に開きたいという話だったので、これは面白いことになりそうだな」とまず思ったという。
みんなのキッチン
加えて佐々木さんが面白いと思ったのは「来た人が勝手に使えるキッチンにしたい」というリクエストだった。ふつうは訪れてきた人にはキッチンに入らないでほしいと思うもの。しかし、彩子さんは「冷蔵庫を開けてもOK」という真逆の考えだった。
「来てくださった方にセルフサービスでやっていただいて、どこを開けてもいいし、どのお皿を使ってもいい。自分でやってくださいというくらいのオープンな感じが良かったんですね」。「自分のキッチンだけれど、みんなのキッチン」。こうしたあり方が彩子さんの理想だったのだという。
居心地の良い家
「“居心地がいい”って言ってくださって、長居をされる方が多いんです」「仲良くなってくると、リビングで寝てしまう人もいます」と話す彩子さん。この居心地の良さはキッチン部分だけでなくリビングと合わせた1階全体の空間のつくりもおおきくかかわっている。
この1階部分、最初はキッチンからリビングまでを土間にする予定だったという。しかし、キッチンよりもプライベートな場所として横になって過ごすこともできる場所にしたいという話も出てきて、キッチンとリビングとの間に段差を設けることでプライベートとパブリックをゆるやかに分節する現案に落ち着いたそうだ。そしてフローリングには彩子さんの希望でヘリンボーン張りに。
「土地が少し傾斜していたので、その傾斜を活かして当初は階段のところでぐっと上がるようなプランをつくったんですが、それを奥に進むにつれ徐々にプライベートなスペースになっていくようにレベル差によって分節するプランへと変更しました」(佐々木さん)
いい空気を運んでくれる
この家に越してきて1年3カ月が経過した浅沼一家。夫の浅沼さんは「最初のコンセプトにあった“みんなが来やすい、過ごしやすい家”というのが実践できていると思う」と話す。
「とにかく人が来やすい家がいい」という思いを抱えて家づくりに臨んだ彩子さん。「リビングの奥に2段だけの階段があるんですが、あそこに座ってキッチンのほうを見たときに、みんながすごく楽しそうにお話をしたり作業をされている光景を見るのがとてもうれしい」と話す。
さらに「子どもも含め皆さんがいい空気を運んできてくださっている気がする」と彩子さん。浅沼家の人たちと短時間ながら接して、そういう状況が生まれているのは、家のつくりに加えて、誰に対してもウエルカムで打ち解けた一家の雰囲気があってこそのことだろう、と思われた。
設計 佐々木達郎建築設計事務所
所在地 神奈川県三浦郡
構造 木造
規模 地上2階
延床面積 104.51m2