Architecture

共存型の2世帯住宅で暮らす すべてがいいから、
“いちばん”がない!

共存型の2世帯住宅で暮らす すべてがいいから、 “いちばん”がない!

特徴的な外観

世田谷区南部の多摩川寄りの斜面に立つK邸。傾斜した道路から見上げるその外観は2階が迫り出して左右のつくりも対照的と、特徴的なものだ。周囲の家並みから際立つその姿はKさんのリクエストに応えたものであった。

「僕からのリクエストで大きかったのはガレージをつくることと、あとは家を建てるのに借金をしますから “このために頑張ろう”と思えるような、他とはちょっと違った雰囲気のものにしてくださいと」
 
予算的なこともあり建築家の岸本さんから出された1案目はおとなしめのものだったが、現状のデザインに近い2案目を模型で見たときは「パッと見で、“うわっ、カッコいいじゃないですか”と声を上げた」という。

斜面に立つK邸。道路へと迫り出した2階部分が左右で素材とデザインが対照的なのがとても印象的だ。
斜面に立つK邸。道路へと迫り出した2階部分が左右で素材とデザインが対照的なのがとても印象的だ。
左のリビングは道路側から見ても左の部分。20cm近く周りより下げることで”領域”が生まれている。天井に木(レッドシダー)を張ったのはKさんの希望から。
左のリビングは道路側から見ても左の部分。20cm近く周りより下げることで”領域”が生まれている。天井に木(レッドシダー)を張ったのはKさんの希望から。
晴れていると左手に富士山が見える。開口前の20cmほど上がった部分は座るのにもちょうどいい高さ。これは開口上部の鴨居とともに、開口部のプロポーションを整えるためのものでもあった。鴨居上部には間接照明が仕込まれている。
晴れていると左手に富士山が見える。開口前の20cmほど上がった部分は座るのにもちょうどいい高さ。これは開口上部の鴨居とともに、開口部のプロポーションを整えるためのものでもあった。鴨居上部には間接照明が仕込まれている。


開放的なつくりと閉じたつくり

道路から見て左側は長手方向にガラス面を大きく取った非常に開放的な空間。対して右側は隣家からの視線があるため壁でほぼ閉じたつくりだ。空間のつくり方も柱梁で木を多用した空間に対して、白い壁と天井に囲まれた空間と対照的。

西側に向けて開放的なつくりにして眼前に広がる眺望を満喫できるようにすることは、敷地が決まった段階で当然のように設計条件に組み込まれた。幅1.8mのガラス窓が横一列に並んだ開口からは天気のいい日には富士山を望むこともできる。

2階が迫り出して一部中に浮いたようなつくりになった理由はこうだ。「西の眺望に気持ちよく開けるようにするために長手方向の長さを延ばすというのは必然でした。ですが、1階はそこまでのボリュームは必要ではなかったし、道路に対して1階から全部がドーンと威圧的に立ちはだかるようなつくりは避けたかったんです」(岸本さん)。つまり2階を出したのではなく1階をひっこめたのである。

リビングから和室の方向を見る。奥の和室まで開口部はすべて障子で閉じることができる。
リビングから和室の方向を見る。奥の和室まで開口部はすべて障子で閉じることができる。
道路側に少し迫り出した和室部分。開口が大きいため浮遊感も感じられる。ごろっと寝転がることができる空間がほしいとのKさんの要望からつくられた。
道路側に少し迫り出した和室部分。開口が大きいため浮遊感も感じられる。ごろっと寝転がることができる空間がほしいとのKさんの要望からつくられた。
障子で仕切るとぐっと落ち着いた空間になる。
障子で仕切るとぐっと落ち着いた空間になる。


2世帯共存のためのつくり

空間を左右にわけるように家の中央には吹き抜けがありトップライトからの光が1階まで落ちるが、この吹き抜けは下階へと光をもたらすためだけのものではない。Kさんのご両親とともに2世帯が暮らすこの家で、空間的には離れながらもお互いの気配を感じることができるのだ。

2世帯が共存して暮らすときにご両親が玄関からそのままそれぞれの個室に向かえるつくりではうまくいかないのではと考えた岸本さんは、玄関入ってすぐの吹き抜けのある場所に2世帯共有の廊下をつくった。廊下に関しては「その右手側にご両親のお部屋があって左手に畳、突き当たったところに浴室などの水回り、その途中に階段を設けました。そして、この廊下にタイルを敷いて外部の路地のように扱いそこに上からスーッと光が落ちるようにするといいのではないかと考えた」という。 

リビングからキッチン方向を見る。2つの空間の間に吹き抜けがあり、トップライトから1階まで光が落ちる。
リビングからキッチン方向を見る。2つの空間の間に吹き抜けがあり、トップライトから1階まで光が落ちる。
左のリビング、和室とは対照的に壁に囲まれた空間。壁には珪藻土が塗られている。リビングとは80cmのレベル差がある。
リビング、和室とは対照的に壁に囲まれた空間。壁には珪藻土が塗られている。リビングと80cmのレベル差がある。
キッチンからも外の景色を眺めることができる。
キッチンからも外の景色を眺めることができる。
奥さんの要望でパントリーは余裕のある広さにつくられた。
奥さんの要望でパントリーは余裕のある広さにつくられた。



“いちばん”がない

この家に越してきてから1年と2カ月ほど。Kさんは「この家にはひとつも文句がない」という。さらに「どこがいいかと聞かれても、ひとつというのは選べないですね。ダイニングに座っていてもいいしリビングに座っててもいい。2階の和室で寝ててもいいし、下の和室にいてもいい。バルコニーで遊んでいてもいいし。そういう一個一個の場所が満たされているんです。ぜんぶの場所が活用されていて、“ここはいらなかったね”みたいなところがひとつもない」とも。
 
奥さんも同様に「すべてが良すぎて、“ここがいちばん”という場所がない」という。ダイニングのところから西側の景色を眺めることが多いという奥さんは、「雲も空の色も毎日こんなに違うものなのか」とはじめて気づいたという。さらに、「家族でよくハワイに行くんですが、前回はいつもの感動がなかったんです。ダイヤモンドヘッドの景色を見ていつも感激するんですが、“これはいつも見ているのと変わらない”と思った」という。奥さんは自宅にいながら“いちばん”の眺望を手に入れた、そう思っているのではないだろうか。


岸本さんは「左右の空間をわけるのにトップライトからの光を使う」という意図もあったという。
岸本さんは「左右の空間をわけるのにトップライトからの光を使う」という意図もあったという。
座ることもできる幅広の階段。右側は犬用に敷かれたもの。
座ることもできる幅広の階段。右側は犬用に敷かれたもの。


玄関を入り少し進むと右手にこの空間が現れる。右にご両親の部屋が並ぶ。外部的な空間とするため床にタイルを敷いた。
玄関から少し進むと右手にこの空間が現れる。右にご両親の部屋が並ぶ。外部的空間とするため床にタイルを敷いた。
1階から見上げる。右の奥に玄関がある。
1階から見上げる。右の奥に玄関がある。


ご両親の個室の前につくられた畳のスペース。濃紺の壁は2階までつながり空間の連続性を感じさせる。岸本さんによると「濃紺はいろんなものを吸収してすーっとその背後にイメージを抜かすことができる色」だという。
ご両親の個室の前につくられた畳のスペース。濃紺の壁は2階までつながり空間の連続性を感じさせる。岸本さんによると「濃紺はいろんなものを吸収してすーっとその背後にイメージを抜かすことができる色」だという。
畳に寝転がって空を見上げると知らぬ間に時間が経っていきそうだ。
畳に寝転がって空を見上げると知らぬ間に時間が経っていきそうだ。
元の地形に沿って傾斜するつくりにした。
元の地形に沿って傾斜するつくりにした。


1階西側につくられたウッドデッキのテラス。「多摩川の花火大会ではこの場所が”特等席”になる。夏にはまた大きなプールを広げて、お子さんの友だちも呼んで水遊びの場となるという。
1階西側につくられたウッドデッキのテラス。「多摩川の花火大会ではこの場所が”特等席”になる。夏にはまた大きなプールを広げて、お子さんの友だちも呼んで水遊びの場となるという。
左が玄関。右にライト設計の照明。Kさんは帰宅時にこの照明が点いていると「帰って来たという気がしてホッとする」という。
左が玄関。右にライト設計の照明。Kさんは帰宅時にこの照明が点いていると「帰って来たという気がしてホッとする」という。
用途を限定していない多目的空間。「ここで靴をはいてもいいし、人が来た時に靴のまま上がって座ってもらってもいい」
用途を限定していない多目的空間。「ここで靴をはいてもいいし、人が来た時に靴のまま上がって座ってもらってもいい」


黒い木戸の左部分がガレージ。傾斜した道路から入るときに車が擦らないようにするのに設計では苦労したという。
黒い木戸の左部分がガレージ。傾斜した道路から入るときに車が擦らないようにするのに設計では苦労したという。
K邸
設計 acaa
所在地 東京都世田谷区
構造 RC造+S造+木造
規模 地上2階地下1階
延床面積 191.91m2