Architecture

丘の途中に立つ家開放的で庭の一部のような
コンクリート造の空間に住む

丘の途中に立つ家 開放的で庭の一部のような コンクリート造の空間に住む

丘の途中の敷地

小長谷邸は住宅に建築家である小長谷さん、奥さんで照明デザイナーの真理子さんの仕事場が併設されている。敷地はそのためのスペースが取れるような場所を5年ほど探して見つけた。丘の途中にある敷地は370㎡と広かったものの、旗竿敷地で、かつ、旗部分の端には古い擁壁がありその擁壁が高いところで6m、低いところで2.5mと南から北に向けて高さにかなりの差があった。擁壁に沿って走る道路から見下ろした印象は敷地いっぱいに立った古家の印象も相まって暗く少しじめっとして決して良いものではなかったらしい。 

建築家の小長谷さんはしかし問題なく家を建てられる土地だと判断したという。「庭をゆったりとつくりながら建てるとまったく違う環境になるだろうと思いました。と同時に古いコンクリートブロックの擁壁も亀裂や歪みがなかったのでよほどのことがない限り崩れることはないだろうと」。敷地を見てピンときたという真理子さんは「道路から下がった場所でちょっと暗い感じはしたんですが、敷地の上の土地の高さが2段階あって、1段上が公園になっている。それですごく面白くて個性的な土地だなと。反対側は下への眺めが開けているので2階はすごく景色が良さそうだし、いい案を考えてくれるんじゃないかと思った」と話す。

西側の道路から2階の事務所部分を見る。真鍮製の扉が玄関。道路からは小さな家のように見えるがこの下に1階の住居部分がつくられている。右に緑のある部分が公園になっていて、その一段上に道路が走る。
西側の道路から2階の事務所部分を見る。真鍮製の扉が玄関。道路からは小さな家のように見えるがこの下に1階の住居部分がつくられている。右に緑のある部分が公園になっていて、その一段上に道路が走る。
南側の庭を見る。中央部分に見えるのが古い擁壁。その左の1段高くなった部分に公園がある。
南側の庭を見る。中央部分に見えるのが古い擁壁。その左の1段高くなった部分に公園がある。
反対の北側は下へと傾斜していて開口からは遠くまで視線が抜ける。本棚の右側に主寝室への入口がある。
反対の北側は下へと傾斜していて開口からは遠くまで視線が抜ける。本棚の右側に主寝室への入口がある。

1階をコンクリート造に

家のつくりの大枠はこの敷地条件から導かれたといっていいだろう。万が一、擁壁が崩れても問題の無いようにまず1階部分をコンクリートにする。そうすることで擁壁の近くまで建物を建てることができるし、古い擁壁をつくり直さずに浮いたコストを建物のほうにかけることができる。そしてさらにそれによって思い切った建築ができるだろう。敷地を見てすぐに浮かんだというこの小長谷さんのアイデアが実現されることになる。

そして「1階をコンクリートにしたうえで、2階部分の床に車が駐車できるようにすること」を大前提にどのような住空間にするかを考えていった。しかし「コンクリートはどうしても閉じているとか重たいなどの印象があった。自分たちの家は木造で建てるものだと思っていた僕らにとってそれが感覚的にどうなんだろうと思った」という。「それで南北両側の開口を思いきり開けて視線が抜けるようにして景色と庭の両方を楽しめるようなつくりに」したという。

南側の庭を見る。庭は夫妻で木を植えている。「“キャンプ場のような感じで日本の雑木林のような雰囲気にしたいね”って言っています」(真理子さん)。公園の木と90cmほど出た庇があるため夏でも日差しの強い時間帯は直射光がほとんど入らないという。
南側の庭を見る。庭は夫妻で木を植えている。「“キャンプ場のような感じで日本の雑木林のような雰囲気にしたいね”って言っています」(真理子さん)。公園の木と90cmほど出た庇があるため夏でも日差しの強い時間帯は直射光がほとんど入らないという。
キッチンは当初正面の本棚の位置であったが、真理子さんの「庭を見ながら料理をしたい」との要望から位置が変更された。
キッチンは当初正面の本棚の位置であったが、真理子さんの「庭を見ながら料理をしたい」との要望から位置が変更された。
壁式に見えるが実はラーメン構造。壁の両端部分に柱状の鉄筋が隠れている。
壁式に見えるが実はラーメン構造。壁の両端部分に柱状の鉄筋が隠れている。
開口から向こう側の丘まで視線が抜ける。真理子さんが照明計画でいちばん悩んだのがキッチン部分だった。階段が斜めに走り吊り戸棚もないこの場所で考えたのがバー状の照明で、真鍮をカットした材の表面を小長谷さんが研磨して仕上げた。フードも同様にして製作された。
開口から向こう側の丘まで視線が抜ける。真理子さんが照明計画でいちばん悩んだのがキッチン部分だった。階段が斜めに走り吊り戸棚もないこの場所で考えたのがバー状の照明で、真鍮をカットした材の表面を小長谷さんが研磨して仕上げた。フードも同様にして製作された。

“高架下”の住空間

「コンクリートの堅牢な壁に囲まれた家というより、敷地にコンクリートの下駄を置いたぐらいの感じで、コンクリートの壁2枚とその上に屋根があって、あとはぜんぶ1階は公園というか庭の一部みたいな感じ」とイメージを共有していたお2人。さらに「家族では“高架下”って呼んでいましたね。そのくらいざっくばらんで楽しさがあるというか。家のスケールを超えた工場とか、家らしくない空間に住んでみたいという変な願望があったので、これは“高架下”だと思ったとき、すごく興奮しました」と続ける。

その“高架下”の両サイドの開口のサッシには木を採用したが、このガラス面のレイアウトが面白い。「1階は3.46mという天井高なのでアルミサッシなどの既製品が使えない。スチールなどで特注でつくるとコストが高くなるというのと、この地域は防火制限がゆるくて網ガラスや防火サッシにする必要がないので、木を使って自由な窓面をつくってみようと思いました。ガラスの配置を均一とすると庭との境界を強く感じてしまったので、ランダムな配置として外の風景とインテリアが親和するようにしました」(小長谷さん)

リビングの窓際にはハンモックがぶら下がる。家族全員で使っているという。
リビングの窓際にはハンモックがぶら下がる。家族全員で使っているという。
同じく窓際に置かれているのは古いミシンの脚部分を使ってつくられたテーブル。
同じく窓際に置かれているのは古いミシンの脚部分を使ってつくられたテーブル。

素材とディテールレス

コンクリートの躯体と木サッシの質感のコンビネーションが目に心地良いが、素材選びにはいたるところでこだわった。2階の玄関扉とインターフォン、その脇の窓枠、そしてキッチンのフードと照明部分には真鍮、2階では玄関の土間と壁面に黒皮鉄板を採用、2階の床はコンクリートの地肌をそのまま残して黒い薄い塗料を塗った。キッチンや扉にはアフリカのブビンガという個性的な木目の木を使っている。

躯体は防水コンクリートでつくったため仕上がりと防水も兼ねたものになったが、そのほか全体的に素材をそのままを使うようにしたのは経年変化を楽しみながらイニシャル、ランニングも含めコストを抑えるという意図から。コストを抑えるためにはテーブルやキッチンのフード、照明器具などを自ら製作するなどのほかディテールレスも目指した。「建築家はよく手間のかかるディテールを考えますが、カッコ良くはなるけれどもコストがかかる。この家ではディテールレスをどこまでできるかを試してみました」

1階の木サッシまわりでは、嵌め殺しの窓の部分を見ると上に木の枠がない。「コンクリートを打つときに溝/目地を取ってそのへこんだところにガラスを差し込んでいます。そうすると材料も減るしコンクリートとガラスのみのミニマムな納まりとなり、とてもすっきりとした見映えになるのです」

壁に架かる絵はこの敷地の元住人であった画家の遺族から譲り受けたもの。照明器具はアンティーク。
壁に架かる絵はこの敷地の元住人であった画家の遺族から譲り受けたもの。照明器具はアンティーク。
家具屋さんに製作してもらった棚の間に大谷石を挟んで組み立てたのは小長谷さん。
家具屋さんに製作してもらった棚の間に大谷石を挟んで組み立てたのは小長谷さん。
半地下の納戸兼パントリーから南側の庭を見る。この場所は息子さんの読書スペースになっているという。
半地下の納戸兼パントリーから南側の庭を見る。この場所は息子さんの読書スペースになっているという。
階段は手動で上下の位置を変えられる。リビングより半階上が子ども部屋で下の半地下部分が納戸兼パントリー。
階段は手動で上下の位置を変えられる。リビングより半階上が子ども部屋で下の半地下部分が納戸兼パントリー。
洗面上の額縁に入ったガラスを右にずらすと収納棚が現れる。南側に設けたこの浴室/洗面所では洗濯物も干す。
洗面上の額縁に入ったガラスを右にずらすと収納棚が現れる。南側に設けたこの浴室/洗面所では洗濯物も干す。
浴室/洗面所からリビングを見る。浴室には珍しいペンダント照明は真理子さん設計のオリジナル。
浴室/洗面所からリビングを見る。浴室には珍しいペンダント照明は真理子さん設計のオリジナル。
階段脇の壁がガラスのため事務所からも景色を存分に楽しむことができる。
階段脇の壁がガラスのため事務所からも景色を存分に楽しむことができる。
階段近くに北側の庭への出入り口がある。その右側を進むと子ども部屋/納戸がある。
階段近くに北側の庭への出入り口がある。その右側を進むと子ども部屋/納戸がある。
玄関を入ってすぐの場所から2階部分を見る。両サイドとも開口から視線が抜けて気持ちの良い事務所スペース。オフィスっぽさを避けるために天井の照明のほかに必要な場所にペンダント照明を下げている。
玄関を入ってすぐの場所から2階部分を見る。両サイドとも開口から視線が抜けて気持ちの良い事務所スペース。オフィスっぽさを避けるために天井の照明のほかに必要な場所にペンダント照明を下げている。子どもたちの勉強、工作、お絵描きスペースにもなっている。
真理子さんの事務所と打ち合わせスペース。窓際のペンダント照明は「カフェなどのお店」のようにも見えるようこの場所に下げた。子どもたちの勉強・工作・お絵描きのスペースにもなっている。
真理子さんの事務所と打ち合わせスペース。窓際のペンダント照明は「カフェなどのお店」のようにも見えるようこの場所に下げた。子どもたちの勉強・工作・お絵描きのスペースにもなっている。
ケースの中には小長谷さんが集めた鉱石が入っている。手前の黄鉄鉱はきれいな立方体だが自然そのままの形という。
ケースの中には小長谷さんが集めた鉱石が入っている。手前の黄鉄鉱はきれいな立方体だが自然そのままの形という。
鉱石のガラスケースの横には世界の珍しい草木の実。 
鉱石のガラスケースの横には世界の珍しい草木の実。 
道路側から建築事務所のスペースを見る。
道路側から建築事務所のスペースを見る。
梁の間には全般照明用のLEDのライン照明が入る。正面の黒皮鉄板には磁石で図面を貼ったりしているという。
梁の間には全般照明用のLEDのライン照明が入る。正面の黒皮鉄板には磁石で図面を貼ったりしているという。

最近はひたすら庭の木々と格闘しているという小長谷夫妻。「木を買ってきては自分たちで植えて少しずつ増やしてます。芝も含めてキャンプ場みたいな感じでちょっとワイルドな雰囲気にしようかと思っています」(小長谷さん)。真理子さんが「1階のソファで横になったりハンモックに乗っていると気持ちがいい」というのにはおそらく2人で植えて育てたこの庭の緑の存在もあるのだろう。

コストの関係でとりあえず入れずにすましたが、小長谷さんが「冬はそれがあれば完璧」と話すのは薪ストーブ。「デザインしたものをつくってくれるところがあるのでリビングにいつか付けたいなと」。いつでも入れられるようにコンクリートスラブと木造の屋根には穴をあけてあるという。「それは楽しみでしょう?」と聞くと即座に「そうですね」との答えが笑顔で返ってきた。

奥の照明はこの空間が大きく天井も高いので1、2個では少し寂しい印象になる。そこで高さをランダムに変えて8個の裸電球をぶら下げた。はじめ、壁の間は現状より90㎝狭く設計したが、「家族みんなが集まる場所」を検討した結果幅を広げることに。
奥の照明はこの空間が大きく天井も高いので1、2個では少し寂しい印象になる。そこで高さをランダムに変えて8個の裸電球をぶら下げた。はじめ、壁の間は現状より90㎝狭く設計したが、「家族みんなが集まる場所」を検討した結果幅を広げることに。
南側の庭/公園側から見る。大きな開口が両サイドにあるため建物を通して向こう側の景色が見える。
南側の庭/公園側から見る。大きな開口が両サイドにあるため建物を通して向こう側の景色が見える。

小長谷邸
設計 小長谷亘建築設計事務所
照明設計 内藤真理子/コモレビデザイン
所在地 東京都町田市
構造 RC造+木造
規模 地上2階地下1階
延床面積 148.64㎡