Architecture

建築家夫妻が挑んだ斜面の狭小地 光と影、曲線がもたらす
美しく上質な住まい

建築家夫妻が挑んだ斜面の狭小地 光と影と曲線がもたらす 美しく上質な住まい

建坪7.5坪の変形敷地

夫婦そろって一級建築士の青柳創さんと綾夏さん。2019年に竣工した自邸は、高低差4m以上の変形敷地に建ち、建坪はわずか7.5坪。土地を探し始めて2年が経過した頃この土地に出会い、「即決でした」と話す。
「予算が限られていたので、相場より安くなる特殊な土地を探していました。道路側と奥に2m強の擁壁があり、さらに斜線規制などの厳しい条件もありましたが、前面道路を挟んだ向かい側が学校の校庭で視界が開けていることが魅力でした。建築家の自分たちなら、この難しい土地も何とかなるのではないかと思ったのです」(創さん)。

土地を購入後、近くに住み、さまざまな時間帯に訪れてはいろいろな高さから眺め、太陽の動きや周辺環境、場所の空気感をつかんでいったという。設計に要した期間は2年半。限られたスペースならではの工夫やアイデアが詰まった心地の良い家が完成した。

地下2階、地上2階の浮遊感のある外観。突き出たテラスが1階に位置する。
地下2階、地上2階の浮遊感のある外観。突き出たテラスが1階に位置する。
テラスからダイニングを見る。ダイニングの床は、ホワイトオーク材を白く塗装してふき取り、白っぽく仕上げた。天井や壁とともに光の陰影が楽しめる。
テラスからダイニングを見る。ダイニングの床は、ホワイトオーク材を白く塗装してふき取り、白っぽく仕上げた。天井や壁とともに光の陰影が楽しめる。
ダイニングからテラスを見る。大きな引き込み窓で全開可能。1階とはいえ、地上3mの高さで開放感があり、道路からの視線も気にならない。
ダイニングからテラスを見る。大きな引き込み窓で全開可能。1階とはいえ、地上3mの高さで開放感があり、道路からの視線も気にならない。

光と影のコントラストを意識

「床面積が欲しかったので地下2階を掘ることを決断しました」と話すお2人。敷地の高低差を逆手に取り、地下2階、地上2階の4層のボリュームを確保した。建蔽率や容積率、斜線規制などの条件に合わせて、ミリ単位で考えていったという。
「階段の高さは、自分たちサイズで決めているので、背の高い人が来ると頭をぶつけます(笑)」(創さん)。

「限られた開口をいかに活用するかということも大きなテーマでした」とは綾夏さん。各フロアはまわり階段や部屋の隅に設けた吹き抜けにより、ゆるやかにつながっている。光や空気を通し、人の気配をも感じられる空間となっている。
「時間帯によって光の射し方が変わるように設計しています。明るいところと暗いところのコントラストをつけることで、狭いながらも空間に奥行をもたせています」(創さん)。

道路から見ると、宙に浮いたように見えるせり出したテラスは1階に位置する。テラスから大きな開口を通して奥のダイニングキッチンへと光が導かれる。ダイニング奥の南西の隅に設けた吹き抜けからは、カーブを描いた天井に沿って、美しい光が拡散される。テラスや吹き抜けから入る光の動きや、交差して生まれる光と影のグラデーションを意識したという。
「壁や天井はすべて珪藻土にし、光が優しくまわるようにしました。もとは白っぽい壁ですが、日中や夕方で色味が違って見えるんですよ」(綾夏さん)。

1階のダイニングキッチンは16畳ほど。テラスまで一続きでさらに広く感じられる。天井と壁はすべて珪藻土を採用。
1階のダイニングキッチンは16畳ほど。テラスまで一続きでさらに広く感じられる。天井と壁はすべて珪藻土を採用。
南西(右側)の隅に設けた吹き抜けは、曲線を描く天井により幻想的な雰囲気。『カール・ハンセン&サン』の丸いダイニングテーブルとYチェアがシンプルな空間を引き立てる。
南西(右側)の隅に設けた吹き抜けは、曲線を描く天井により幻想的な雰囲気。『カール・ハンセン&サン』の丸いダイニングテーブルとYチェアがシンプルな空間を引き立てる。
生活感やスケール感の出るテレビは引き戸を閉めて隠して収納。幻想的な空間を盛り上げているのが現代アーティスト・永原トミヒロ氏の絵画で、創さんのお気に入り。青柳邸のインテリアには欠かせない存在。
生活感やスケール感の出るテレビは引き戸を閉めて隠して収納。幻想的な空間を盛り上げているのが現代アーティスト・永原トミヒロ氏の絵画で、創さんのお気に入り。青柳邸のインテリアには欠かせない存在。
地下2階から地下1階へと続く吹き抜けと本棚。地下1階の高窓から光を取り込んでいる。
地下2階から地下1階へと続く吹き抜けと本棚。地下1階の高窓から光を取り込んでいる。
地下1階のシアタールーム。東側(左)が吹き抜けで、地上に出ている高窓から光が降り注ぐ。壁面の本棚に加え、テレビの裏側も収納になっている。
地下1階のシアタールーム。東側(左)が吹き抜けで、地上に出ている高窓から光が降り注ぐ。壁面の本棚に加え、テレビの裏側も収納になっている。

大きなキッチンをあえて造作

コンパクトな家の中であえて大きく造作したというのが、5.5mに及ぶ壁付けのキッチン。継ぎ目のない一枚板のステンレスのワークトップが美しい。
「狭い家で小さなキッチンではこじんまりしてしまうので、この空間にこの大きさのキッチンをあえてもってくることで、空間の狭さを感じさせないのではないかという狙いです。ギャップを楽しんでいますね」(綾夏さん)。

キッチンはまわり階段の上まで続く。キッチン下の収納は、階段途中から取り出すというアイデアだ。
「階段にあたる部分にオーブンも収納していますが、腰をかがめることなく使用できて、むしろ便利ですよ(笑)」と綾夏さん。

壁一面を使用した5.5mのキッチン。料理好きの綾夏さんが使い勝手を考えて図面を描き、家具屋にオーダー。「『GAGGENAU』の食洗器は絶対に入れたかった」と綾夏さん。
壁一面を使用した5.5mのキッチン。料理好きの綾夏さんが使い勝手を考えて図面を描き、家具屋にオーダー。「『GAGGENAU』の食洗器は絶対に入れたかった」と綾夏さん。
コンロはIHを採用し、レンジフードを壁付けにしたためすっきり。
コンロはIHを採用し、レンジフードを壁付けにしたためすっきり。
コンロ下の収納内にスイッチ等を隠し、表に出さない工夫も。
コンロ下の収納内にスイッチ等を隠し、表に出さない工夫も。

一石二鳥の“兼ねる”アイデア

青柳邸では、1か所で2つの用途として利用する“兼ねる”アイデアが随所に採用されている。
まず、玄関の扉を開けると、そこは階段の踊り場でもある。地下1階に位置する玄関ホールと地下2階のアトリエへ向かう階段の踊り場と玄関を兼ねているのだ。また、広々とした玄関ホールの奥に見える手洗い場は、扉内にあるトイレの手洗い場であり、玄関の明かり取りの役割も持たせている。ほかにも、2階のバスルームは、屋上へと続く階段を洗い場として使用するなど、至る所にスペースの有効活用が施されている。

「冷蔵庫やテレビなどスケール感が出るものは隠し、相対的なバランスで部屋が狭く感じないようにしています。また、窓や吹き抜け、カーブで視線の先に行き止まりをつくらないことも大事ですね。壁になる場合は絵を飾ったり、動きのあるものを置いたりして、流れるように続くことを意識し、奥へと期待が高まるように工夫しています」(創さん)。

立地の難点を見事にクリアし、建築家夫妻が生み出した創意工夫により、7.5坪とは感じさせない空間の広がりを実現した。
「狭いながらも、家族3人、思い思いに過ごせる場所が作れたことがよかったですね。ひととおりの断捨離を終えたので、住まいながらまた変化を楽しんでいきたいです」(創さん)。

地下1階に位置する玄関ホール。キッチンと同様に、コンパクトな家に対してあえて広々とした玄関スペースに。くもりガラスの玄関の扉からやわらかな光が射す。
地下1階に位置する玄関ホール。キッチンと同様に、コンパクトな家に対してあえて広々とした玄関スペースに。くもりガラスの玄関の扉からやわらかな光が射す。
玄関を入ると階段の踊り場に。玄関ホールの奥の扉内は、靴のまま使用できるトイレ。右側の手洗い場は明り取りの役目も。
玄関を入ると階段の踊り場に。玄関ホールの奥の扉内は、靴のまま使用できるトイレ。右側の手洗い場は明り取りの役目も。
玄関から階段を下りると、綾夏さんが主宰する設計事務所のアトリエへ。コンクリート打ちっぱなしの無機質な空間は、「仕事に集中できます」と綾夏さん。
玄関から階段を下りると、綾夏さんが主宰する設計事務所のアトリエへ。コンクリート打ちっぱなしの無機質な空間は、「仕事に集中できます」と綾夏さん。
2階の寝室。奥の吹き抜けから光が入る。布団等を入れた収納の上には、古道具屋で出会った“糸巻き機”をディスプレイ。「動きのあるものを置き、空間の流動感を演出しています」と創さん。
2階の寝室。奥の吹き抜けから光が入る。布団等を入れた収納の上には、古道具屋で出会った“糸巻き機”をディスプレイ。「動きのあるものを置き、空間の流動感を演出しています」と創さん。
各階をつなぐまわり階段は、光のまわり込みとカーブによる奥行き感を演出。階段上には無駄なく収納を設置。
各階をつなぐまわり階段は、光のまわり込みとカーブによる奥行き感を演出。階段上には無駄なく収納を設置。
1階から続く吹き抜けを介して、2階のトイレと左奥の寝室へと光が届く。隣家が迫っているため、窓はくもりガラスを採用。
1階から続く吹き抜けを介して、2階のトイレと左奥の寝室へと光が届く。隣家が迫っているため、窓はくもりガラスを採用。
2階トイレの洗面所の鏡は、スライド式で出し入れ自在。開けると、奥の吹き抜けから光が射し込む。
2階トイレの洗面所の鏡は、スライド式で出し入れ自在。開けると、奥の吹き抜けから光が射し込む。
FRPを使用したバスルームは階段まで防水になっていて、洗い場として使用可能。階段を上がると屋上へ。
FRPを使用したバスルームは階段まで防水になっていて、洗い場として使用可能。階段を上がると屋上へ。
屋上では綾夏さんと娘の未詠(みよ)ちゃん(6歳)が野菜を栽培中。植木鉢には、軽量のルーツポーチ(不織布製)を使用。
屋上では綾夏さんと娘の未詠(みよ)ちゃん(6歳)が野菜を栽培中。植木鉢には、軽量のルーツポーチ(不織布製)を使用。

青柳邸
設計 aoyagi design
所在地 東京都杉並区
構造 木造、RC造
規模 地上2階、地下2階
延床面積 92.99㎡