DIY

感性に響くものを少しずつ加えて思い描いた空間を自ら造る
未完のミニマムハウス

DIYで思い通りに造り上げる 人生を愉しむ 未完のミニマムハウス

景観に魅かれた高台の小さな土地

「都心にある職場まで自転車で25分くらいです」。利便性に富み、歴史と文化に培われた住宅街で暮らすMさん。「一度はあきらめた」というこの土地は、約7mの石積みの擁壁の上にある。
「小さい土地の場合、四方を住宅で囲まれていることが多く、高台で目の前が抜けている物件はなかなかないのです。ほかにも20件近く見て回りましたが、やはりこの景観や開放感が忘れられず、基礎工事費用が高くなるリスクを考えてもあきらめきれませんでした」

Mさんがこの土地を購入し、小さな一軒家を建てたのは10年前。愛車とバイクを近くに置き、好きなものに囲まれてペットと共に暮らしたいと考えたのがきっかけだった。
「最初は中古マンションをリノベーションすることを考えていたのですが、ペット不可や駐車場が不十分なところが多くて。一人暮らし用の小さな戸建てなら予算的にも大差ないし、思い描いていた暮らしができるのではないかと思い至ったのです」

「自分の好きなように造り上げていくことが前提だった」と話すMさん。シンプルな倉庫みたいな家で検索し、志田茂建築設計事務所が提案するセミオーダーハウス『LWH(ライト・ウエイト・ハウス)』に出会った。“小さな家で好きなものと自分らしく暮らす”というコンセプトは、まさにMさんの考えと合致した。

黒いガルバリウム鋼板の外観を引き立てる、2代目のシンボルツリー、アオダモ。小さな前庭の1本の木が道行く人を楽しませてくれる。「20年愛用している」というルノーは特注のカーシェルターにしっかり守られていた。
黒いガルバリウム鋼板の外観を引き立てる、2代目のシンボルツリー、アオダモ。小さな前庭の1本の木が道行く人を楽しませてくれる。「20年愛用している」というルノーは特注のカーシェルターにしっかり守られていた。
ここで暮らし始めて“大切なもの”に加わった自転車は通勤でも使用。84ccのバイクは買い物など都内移動用。実はもう1台、遠出用に850ccのバイクも所有。
ここで暮らし始めて“大切なもの”に加わった自転車は通勤でも使用。84ccのバイクは買い物など都内移動用。実はもう1台、遠出用に850ccのバイクも所有。
約7mの擁壁の上に建つ。崖地という難条件を除いてはベストな場所だった。M邸のモチノキが元気に伸びている。
約7mの擁壁の上に建つ。崖地という難条件を除いてはベストな場所だった。M邸のモチノキが元気に伸びている。
1階のダイニングから一続きになっているウッドデッキは4年ほど前に設置。1階でも3階ほどの高さがあり、浮遊感も味わえる。鉄骨の手すりはMさんが塗装。シンプルな造りにすることで、視界が通り、眺望がさらに楽しめるようになった。ウッドデッキは半年に1度オイルを塗り、美しい状態を維持。
1階のダイニングから一続きになっているウッドデッキは4年ほど前に設置。1階でも3階ほどの高さがあり、浮遊感も味わえる。鉄骨の手すりはMさんが塗装。シンプルな造りにすることで、視界が通り、眺望がさらに楽しめるようになった。ウッドデッキは半年に1度オイルを塗り、美しい状態を維持。

シンプルな箱を自分好みにDIY

「なるべく何もしないで、シンプルな箱のような形で引き渡しました」と話すのは設計を担当した志田茂さん。自分で造り上げていきたいというMさんの考えを「面白い」と捉え、大らかに寄り添っている。

Mさんが早速手掛けたことは、1階、2階の壁に漆喰を塗ること。引き渡し前の週末2回を要し、一人でやり遂げた。入居後すぐには、キッチンの壁に着手。『サンワカンパニー』で見つけたイタリア製のタイルを自ら貼り付けた。その後も、階段の手すりを明るい色のタモ集成材とステンレス金具から濃いめのウォールナットと黒いアイアン金具の組み合わせに変更したり、階段脇のラワンベニヤの上にオーク材を重ねて貼ったりなど、自分のペースでカスタマイズしている。

「イメージに合うものがなかったのでずっと付けていなかった」というロフトにつながるハシゴは、デザイン性に富んだハシゴとやっと出会い、住み始めて数年後に取り付けた。気に入るものがなければ妥協せずに探し続けるのがMさん流である。

2階の壁は、「より落ちついた雰囲気にしたかった」と当初の白い漆喰からグレーに塗り替えられている。また、“居候”とMさんが呼ぶ、猫のニビちゃんが置物を落として割ってしまったという玄関タイルも、昨年新たに貼り替えた。すでに2回目のマイナーチェンジが始まっている。

住まわれて10年。「引き渡した時の仕上げはほぼないです」と志田さん。
「使い込まれたウォールナットの床がいい感じになってきました」と目を細めるMさん。自ら選んで発注した床材のメンテナンスも欠かさず、手を加えながら丁寧に家を育て、時の流れを愉しんでいる。

1階のダイニングキッチン。窓の外の新緑が心地よく、都心とは思えない時間が過ごせる。
1階のダイニングキッチン。窓の外の新緑が心地よく、都心とは思えない時間が過ごせる。
Mさんが自ら貼り付けたキッチンの壁のタイル。一部に用いた柄入りタイルがセンスの良さを物語る。
Mさんが自ら貼り付けたキッチンの壁のタイル。一部に用いた柄入りタイルがセンスの良さを物語る。
スイッチプレートもすべて持ち込んだ。トグルスイッチがインダストリアルな雰囲気。
スイッチプレートもすべて持ち込んだ。トグルスイッチがインダストリアルな雰囲気。
階段の手すり(左側)を変更し、階段右脇にオーク材を重ねて貼り付けたことで、統一感が生まれた。階段上のジグザグのハシゴは、佐賀県の『中島鉄工建設』から取り寄せたもの。ロフトへと続いている。
階段の手すり(左側)を変更し、階段右脇にオーク材を重ねて貼り付けたことで、統一感が生まれた。階段上のジグザグのハシゴは、佐賀県の『中島鉄工建設』から取り寄せたもの。ロフトへと続いている。
貼り替えを行った玄関のタイル。今回は少し古びた感じをセレクトし、小口には真鍮を合わせた。最初のタイルは猫のニビちゃんがガーゴイル(左上に鎮座)を落として割ってしまったそう。
貼り替えを行った玄関のタイル。今回は少し古びた感じをセレクトし、小口には真鍮を合わせた。最初のタイルは猫のニビちゃんがガーゴイル(左上に鎮座)を落として割ってしまったそう。
人懐っこいシャルトリューのニビちゃん(メス、3歳)。グレーの毛並みが美しく、濃い灰色を表す“鈍色(にびいろ)”から命名。最近の在宅ワークにより、「猫の1日の生活パターンがわかりました」。
人懐っこいシャルトリューのニビちゃん(メス、3歳)。グレーの毛並みが美しく、濃い灰色を表す“鈍色(にびいろ)”から命名。最近の在宅ワークにより、「猫の1日の生活パターンがわかりました」。

こだわりのアイテムをひとつずつ加えて

スチールの玄関ドアを開けると、緑豊かなウッドデッキへと続くダイニングキッチンがある。必要最低限の機能のみを付けたステンレスのフレームキッチンや『イームズ』のワイヤーチェアが、無機質で男前の空間を盛り上げる。

キッチンの裏側には水回りをまとめた。「バスタブの形とガラスの扉が気に入った」というバスルームは、ユニットとは思えないデザインに驚く。仕切りのない広々としたサニタリールームは、レトロな照明やヴィンテージのトイレットペーパーホルダーなど、Mさんがひとつずつ加えてきたこだわりのアイテムたちに彩られている。

2階はリビングと寝室。大きな開口からはたっぷりの光と緑が降り注ぐ。
「この眺めをどれだけ生かせるかを最も考えました。窓をできるだけ大きく取るために、ベランダがないのに掃き出し窓を採用しました。もちろん大人の男性の一人住まいだからできたことなのですが」と志田さん。
景色が映えるように木製枠にもこだわった。

光の移ろいにより表情が変わり、陰影に富む空間は静謐な空気が漂う。自らの感性に響く好きなものたちに囲まれ、ペットと共に暮らすMさんの穏やかな時間が流れている。
「次は、洗面台の壁にタイルを貼ることを考案中」とのこと。これからも自分らしい生き方、住まい方を追い求めてカスタマイズは続いていく。

1階の窓側から玄関を見る。木の床や現しの天井に、無機質なものが映える。壁にかけた時計は60年代のアメリカ製。
1階の窓側から玄関を見る。木の床や現しの天井に、無機質なものが映える。壁にかけた時計は60年代のアメリカ製。
「最初からイメージしていた」という、無駄なものをそぎ落としたフレームキッチン。コンパクトな収納棚に一人用の食器類を収めた。
「最初からイメージしていた」という、無駄なものをそぎ落としたフレームキッチン。コンパクトな収納棚に一人用の食器類を収めた。
ユニットとは思えないお洒落なバスルームは『日ポリ化工』。ユニットには珍しいタイル使いも決め手に。
ユニットとは思えないお洒落なバスルームは『日ポリ化工』。ユニットには珍しいタイル使いも決め手に。
ウェブサイトで見つけたという無骨な照明は、イギリスのバースの創作照明店から取り寄せた。真鍮のトイレットペーパーホルダーは20年代フランスのヴィンテージ。真鍮のマイナスネジで取り付けた。
ウェブサイトで見つけたという無骨な照明は、イギリスのバースの創作照明店から取り寄せた。真鍮のトイレットペーパーホルダーは20年代フランスのヴィンテージ。真鍮のマイナスネジで取り付けた。
スチールシェルフは50年代アメリカのヴィンテージ。隣のシューズボックスはスチールで雰囲気を合わせ、大阪の『H.I.D』にオーダー。柵は、猫の脱走防止用で、アンティークのハンガー掛けにスチールの札やチェーンを垂らしたMさんのオリジナル。
スチールシェルフは50年代アメリカのヴィンテージ。隣のシューズボックスはスチールで雰囲気を合わせ、大阪の『H.I.D』にオーダー。
2階リビング。上部は収納として使用しているロフト。「可能な限り大きくした」(志田さん)という窓には木製の枠を付け、さらに十字に木を加えた。「崖側なので、掃除のときの安全のために手すりをつけました」と。木枠が美しいレザーのソファ(左側)は『マスターウォール』。
2階リビング。上部は収納として使用しているロフト。「可能な限り大きくした」(志田さん)という窓には木製の枠を付け、さらに十字に木を加えた。「崖側なので、掃除のときの安全のために手すりをつけました」と。木枠が美しいレザーのソファ(左側)は『マスターウォール』。
スチールと古材を組み合わせた左側の本棚も『H.I.D』でオーダー。『BISLAY』のスチールキャビネットとも相性がよい。保温電球で照らされているのは、共に暮らして15年になるというグリーンパイソン。「最初は箸くらい小さかったのが今は170cmほどに。ヘビは手がかからないので、忙しい人にも飼いやすいですよ」
スチールと古材を組み合わせた左側の本棚も『H.I.D』でオーダー。『BISLAY』のスチールキャビネットとも相性がよい。保温電球で照らされているのは、共に暮らして15年になるというグリーンパイソン。「最初は箸くらい小さかったのが今は170cmほどに。ヘビは手がかからないので、忙しい人にも飼いやすいですよ」
階段の上はスノコ状になっている。スノコの上に伸ばしたアームから隙間を通して照明を吊り下げた。Mさんのアイディア作。のアイディア作。
階段の上はスノコ状になっている。スノコの上に伸ばしたアームから隙間を通して照明を吊り下げた。Mさんのアイディア作。
コテでグレーに塗り直した2階の漆喰壁。表面のザワザワ感がいい味を出している。窓からは隣家の反射光を取り入れた。
コテでグレーに塗り直した2階の漆喰壁。表面のザワザワ感がいい味を出している。窓からは隣家の反射光を取り入れた。

M邸
設計 志田茂建築設計事務所
所在地 東京都文京区
構造 木造
規模 地上2階
延床面積 50.5㎡