DIY
感性に響くものを少しずつ加えて思い描いた空間を自ら造る
未完のミニマムハウス
景観に魅かれた高台の小さな土地
「都心にある職場まで自転車で25分くらいです」。利便性に富み、歴史と文化に培われた住宅街で暮らすMさん。「一度はあきらめた」というこの土地は、約7mの石積みの擁壁の上にある。
「小さい土地の場合、四方を住宅で囲まれていることが多く、高台で目の前が抜けている物件はなかなかないのです。ほかにも20件近く見て回りましたが、やはりこの景観や開放感が忘れられず、基礎工事費用が高くなるリスクを考えてもあきらめきれませんでした」
Mさんがこの土地を購入し、小さな一軒家を建てたのは10年前。愛車とバイクを近くに置き、好きなものに囲まれてペットと共に暮らしたいと考えたのがきっかけだった。
「最初は中古マンションをリノベーションすることを考えていたのですが、ペット不可や駐車場が不十分なところが多くて。一人暮らし用の小さな戸建てなら予算的にも大差ないし、思い描いていた暮らしができるのではないかと思い至ったのです」
「自分の好きなように造り上げていくことが前提だった」と話すMさん。シンプルな倉庫みたいな家で検索し、志田茂建築設計事務所が提案するセミオーダーハウス『LWH(ライト・ウエイト・ハウス)』に出会った。“小さな家で好きなものと自分らしく暮らす”というコンセプトは、まさにMさんの考えと合致した。
シンプルな箱を自分好みにDIY
「なるべく何もしないで、シンプルな箱のような形で引き渡しました」と話すのは設計を担当した志田茂さん。自分で造り上げていきたいというMさんの考えを「面白い」と捉え、大らかに寄り添っている。
Mさんが早速手掛けたことは、1階、2階の壁に漆喰を塗ること。引き渡し前の週末2回を要し、一人でやり遂げた。入居後すぐには、キッチンの壁に着手。『サンワカンパニー』で見つけたイタリア製のタイルを自ら貼り付けた。その後も、階段の手すりを明るい色のタモ集成材とステンレス金具から濃いめのウォールナットと黒いアイアン金具の組み合わせに変更したり、階段脇のラワンベニヤの上にオーク材を重ねて貼ったりなど、自分のペースでカスタマイズしている。
「イメージに合うものがなかったのでずっと付けていなかった」というロフトにつながるハシゴは、デザイン性に富んだハシゴとやっと出会い、住み始めて数年後に取り付けた。気に入るものがなければ妥協せずに探し続けるのがMさん流である。
2階の壁は、「より落ちついた雰囲気にしたかった」と当初の白い漆喰からグレーに塗り替えられている。また、“居候”とMさんが呼ぶ、猫のニビちゃんが置物を落として割ってしまったという玄関タイルも、昨年新たに貼り替えた。すでに2回目のマイナーチェンジが始まっている。
住まわれて10年。「引き渡した時の仕上げはほぼないです」と志田さん。
「使い込まれたウォールナットの床がいい感じになってきました」と目を細めるMさん。自ら選んで発注した床材のメンテナンスも欠かさず、手を加えながら丁寧に家を育て、時の流れを愉しんでいる。
こだわりのアイテムをひとつずつ加えて
スチールの玄関ドアを開けると、緑豊かなウッドデッキへと続くダイニングキッチンがある。必要最低限の機能のみを付けたステンレスのフレームキッチンや『イームズ』のワイヤーチェアが、無機質で男前の空間を盛り上げる。
キッチンの裏側には水回りをまとめた。「バスタブの形とガラスの扉が気に入った」というバスルームは、ユニットとは思えないデザインに驚く。仕切りのない広々としたサニタリールームは、レトロな照明やヴィンテージのトイレットペーパーホルダーなど、Mさんがひとつずつ加えてきたこだわりのアイテムたちに彩られている。
2階はリビングと寝室。大きな開口からはたっぷりの光と緑が降り注ぐ。
「この眺めをどれだけ生かせるかを最も考えました。窓をできるだけ大きく取るために、ベランダがないのに掃き出し窓を採用しました。もちろん大人の男性の一人住まいだからできたことなのですが」と志田さん。
景色が映えるように木製枠にもこだわった。
光の移ろいにより表情が変わり、陰影に富む空間は静謐な空気が漂う。自らの感性に響く好きなものたちに囲まれ、ペットと共に暮らすMさんの穏やかな時間が流れている。
「次は、洗面台の壁にタイルを貼ることを考案中」とのこと。これからも自分らしい生き方、住まい方を追い求めてカスタマイズは続いていく。
M邸
設計 志田茂建築設計事務所
所在地 東京都文京区
構造 木造
規模 地上2階
延床面積 50.5㎡