DIY

創作とともにある暮らし木、鉄、土。自然素材を生かし
作家が手作りした家

ドアに貼られた航空機の図面は、KINTAさんのお父さんが描いたものだそう。この扉を開けると、工作室になっている。
KINTAさんが栃木県益子町に創作の場を求めて、茨城県の廃校から移り住んだのが今から約20年前のこと。益子に住む陶芸家に、使われていない馬小屋をアトリエにしないかと声をかけてもらったのだそうだ。細かく区分けされた馬房を作業しやすいように改装し、鉄や木を使った作品や、作陶もできる広い空間を作ったのが生活のスタートだった。

「馬小屋のすぐ近くに使われていなかったバーベキュー小屋があったので、その骨組みを利用して家を作りました。大工さんに分けてもらった端材を使って床を上げて。けれど風呂は五右衛門風呂で、トイレは庭に穴を掘っただけ。そんなふうに暮らしていて10年ほど経った頃でしょうか、妻の美雪がポツリと言ったんです。『もうキャンプは止めたい』と。ドキっとしましたね。これはいかんと思いましたよ(笑)。で、一念発起して、風呂とトイレを作り、家を増築したんです」

増築部分の基礎工事はKINTAさんと仲間で仕上げ、大工さんには家の骨組のみを作ってもらったそうだ。

「大工さんの作業が2ヶ月ほど、その後、自分で屋根と壁を作り、合わせて3ヶ月半ほどで家ができあがりました。壁はコンパネにペンキを塗っただけで仕上げています。コンパネの継ぎ目はわざと隠しませんでした。後から家に手を加える時、継ぎ目を見れば釘を打って効く場所がわかるので、そのほうが便利なんです」


2階の2部屋をつなぐ、吹き抜けにかかる渡り廊下。建築作業用の鉄製の足場の板の上に板を敷いた。手すりはKINTAさんが制作。
2階の2部屋をつなぐ、吹き抜けにかかる渡り廊下。建築作業用の鉄製の足場の板の上に板を敷いた。手すりはKINTAさんが制作。
アートと身近に住まう楽しさを、家のそこここのちょっとしたコーナーで感じさせるKINTA家。
アートと身近に住まう楽しさを、家のそこここのちょっとしたコーナーで感じさせるKINTA家。
2階のゲストルーム。草木染めで作った布をパッチワークして作った可愛い布の家は、奥さまの美雪さんが作ったもの。
2階のゲストルーム。草木染めで作った布をパッチワークして作った可愛い布の家は、奥さまの美雪さんが作ったもの。
急遽作られた渡り廊下なので、鴨居の下をくぐらなければならない高さになったけれど、子どもたちには格好の遊び場だそうだ。
急遽作られた渡り廊下なので、鴨居の下をくぐらなければならない高さになったけれど、子どもたちには格好の遊び場だそうだ。
渡り廊下の先に作ったスペースは、書き物専用のアトリエに。子どもたちも存分に筆がふるえるよう、床に紙を敷き詰めている。
渡り廊下の先に作ったスペースは、書き物専用のアトリエに。子どもたちも存分に筆がふるえるよう、床に紙を敷き詰めている。


増築部分は、吹き抜けのある気持ちのいい大空間。階段で2階に上がると、そこがゲストルームになっている。

「最初は2階部分はそのゲストルームだけにしようと思ったのですが、吹き抜けが大きすぎたので、反対側にも部屋を作りました。階段を2箇所作ることも考えましたが、渡り廊下でつなぐことにしました」

その渡り廊下が子どもたちには大好評。鴨居が低いのでくぐらなければならなかったりと、ちょっとしたスリルを味わいながら、反対側の書き物専用アトリエに辿り着ける。

「渡り廊下もそうですが、ドアでも壁でもなんでも、自分で家を作れば、壊れたり不具合が出ても、人に文句を言わなくて済むのがいいですね。すべて自分のせいですから(笑)」


寄せ木にレンズの明かり窓をつけたドアはKINTAさん作。奥は飛騨高山の骨董屋で見つけたもの。階段の手すりもKINTAさん作。
寄せ木にレンズの明かり窓をつけたドアはKINTAさん作。奥は飛騨高山の骨董屋で見つけたもの。階段の手すりもKINTAさん作。
裏庭に通じるドアの前に置かれた、1本の木から作られたオブジェは、KINTAさんが師事した味岡伸太郎さんの作品。
裏庭に通じるドアの前に置かれた、1本の木から作られたオブジェは、KINTAさんが師事した味岡伸太郎さんの作品。


ドアに貼られた航空機の図面は、KINTAさんのお父さんが描いたものだそう。この扉を開けると、工作室になっている。
ドアに貼られた航空機の図面は、KINTAさんのお父さんが描いたものだそう。この扉を開けると、工作室になっている。
錆びてペンキが剥がれて、日々表情を変えていくドア。他にも、真鍮や銅など、味わいが変わっていく素材のドアが多い。
錆びてペンキが剥がれて、日々表情を変えていくドア。他にも、真鍮や銅など、味わいが変わっていく素材のドアが多い。
トイレのドアには和紙が貼られ、電気がついていれば外からでもわかるようになっている。
トイレのドアには和紙が貼られ、電気がついていれば外からでもわかるようになっている。


赤ケヤキの1枚板で制作中のドア。デザインのためのラインではなく、虫食いや節が発端の自然なラインが掘られている。
赤ケヤキの1枚板で制作中のドア。デザインのためのラインではなく、虫食いや節が発端の自然なラインが掘られている。
サクラ、クルミ、エンジュなど、様々な種類の木の表情が楽しめる寄せ木のドア。古い天秤ばかりの竿で把手をつけて完成となる。
サクラ、クルミ、エンジュなど、様々な種類の木の表情が楽しめる寄せ木のドア。古い天秤ばかりの竿で把手をつけて完成となる。


ドアはみんな違ってみんないい。

KINTA宅のドアは、建物の中のドアも外回りのドアも、同じドアはまったくない。桜や栗、楓など、種類ごとに違う木の色の表情を楽しめる組み木のドアや、真鍮や銅、鉄などを使った月日とともに変化していく様を味わうドアなど、素材も様々。発想のユニークさ、風情にも幅があって、どれもとてもおもしろい。

そんなKINTAさんの作るドアの魅力に惹かれて、カフェやギャラリー、骨董品店、そして個人宅から、ドアの制作を依頼されることが多いという。

「どんなドアを作りたいのか、力強いドアか、優しいドアか。その方の好みを聞いて作ると、自分の想像を超えた新作ができるのがおもしろいんです」

けれどKINTA宅の母屋の入り口のドアは、ここに住んで約20年、ずっと手をつけられないまま。

「二重扉の玄関を作りたいと思っています。ドアは思いっきりふざけたものを作りたいですね。今年こそは完成させますよ!」


キッチンカウンターはもちろんKINTAさん作。益子の器が収められた食器棚は古いものに手を入れて使いやすく丈夫なものに改良。
キッチンカウンターはもちろんKINTAさん作。益子の器が収められた食器棚は古いものに手を入れて使いやすく丈夫なものに改良。
手前のひょうたんの形のテーブルは、真ん中の部分の天板が外せて、中に火鉢を置けるシカケになっている。
手前のひょうたんの形のテーブルは、真ん中の部分の天板が外せて、中に火鉢を置けるシカケになっている。
最近取り付けたというレンジフード。よく見ると古いコロナのトランクフード! 遊びゴコロ満載のキッチンだ。
最近取り付けたというレンジフード。よく見ると古いコロナのトランクフード! 遊びゴコロ満載のキッチンだ。
上段が11歳の創一くん、下段が7歳の日和ちゃんの部屋。誕生日プレゼントにお父さんが作ったキッチンセットがお気に入り。
上段が11歳の息子さん、下段が7歳の娘さんの部屋。娘さんは誕生日プレゼントにお父さんが作ったキッチンセットがお気に入り。
昼食を美雪さんに用意していただいた。KINTAさん、味岡伸太郎さんを始め、多くの作家の陶器に盛られた料理が食卓に並ぶ。
昼食を美雪さんに用意していただいた。KINTAさん、味岡伸太郎さんを始め、多くの作家の陶器に盛られた料理が食卓に並ぶ。


キッチンと二階建ての子ども部屋は母屋に。

キッチンのカウンターの中には、プロユースのステンレスの厨房機器が並んでいるけれど、どれも格安で手に入れたものだそう。陶芸の町、益子のキッチンは、食器の数も種類も多い。大きなガラス扉の食器棚に器が収められている。

「もともと食器棚として作られたものではないので、たくさん器を入れると棚板がたわんでしまいます。なので、棚板を支える補強を加えました。もともとは引き出しが一番下の床面にあったのですが、上下を入れ替えてまん中を引き出しにすることでとても使いやすくなりました」と美雪さん。


増築部分に作られた洗面スペース。子どもたちのための踏み台は、樫の木の塊をくりぬいて作ったもの。
増築部分に作られた洗面スペース。子どもたちのための踏み台は、樫の木の塊をくりぬいて作ったもの。
カフェで使う洗面台の設えの注文も多いそう。制作した陶器の洗面ボウルに似合う、味のある蛇口も探して取り付ける。
カフェで使う洗面台の設えの注文も多いそう。制作した陶器の洗面ボウルに似合う、味のある蛇口も探して取り付ける。
洗面台の右側の壁面。なにかの用途のために作られた鉄のカタチが、時間を経て見せる表情のおもしろさ。
洗面台の右側の壁面。なにかの用途のために作られた鉄のカタチが、時間を経て見せる表情のおもしろさ。
ドアの把手や水道の蛇口などのパーツは、古道具屋や古家の解体などでいいものを見つけたらストックしておくそうだ。
ドアの把手や水道の蛇口などのパーツは、古道具屋や古家の解体などでいいものを見つけたらストックしておくそうだ。
KINTAさんの作業場にある灯油燃料の陶芸窯。洗面所で使っている大型の洗面ボウルもこの窯で焼ける。
KINTAさんの作業場にある灯油燃料の陶芸窯。洗面所で使っている大型の洗面ボウルもこの窯で焼ける。


土・木・鉄。KINTAさんは自然の中にあるそれらの素材が持つ声に耳を傾け、それらがなりたがっているものの声に沿った作品を作っていく。無理をさせず型に嵌めず、伸び伸びと形づくられたモノたちは、時がたってもその美しさは変わることがない。

KINTAさん、美雪さんのそんな美意識から生まれた空間の中では、古くなれば魅力を失うようなプラスティック製品は浮いてしまう。現代の生活に必要不可欠な電化製品もあるにはあるけれど、他の家庭よりそれらの数は圧倒的に少ないし、うまく隠されている。

素材が持つ声に沿って作品を作るアーティスト・KINTAさんの手によって生まれた家は、家族の成長やその時々のニーズを柔らかく受け止めるしなやかさを持っている。この先、どんなふうに変化していくのか、KINTAさん自身もわからないような楽しさがこの家にはある。


上のバーナード・リーチのサインは、美雪さんの祖母が住んでいた飛騨高山の民芸館でもらったもの。草木染めの布を使った鳥のオブジェは東京の「スターネット」の展覧会に出品したシリーズ。
上のバーナード・リーチのサインは、美雪さんの祖母が住んでいた飛騨高山の民芸館でもらったもの。草木染めの布を使った鳥のオブジェは東京の「スターネット」の展覧会に出品したシリーズ。
生の時に割れてしまったお皿も、KINTAさんの手にかかれば、こんな暖かな壁掛けに変わっていく。
生の時に割れてしまったお皿も、KINTAさんの手にかかれば、こんな暖かな壁掛けに変わっていく。
ずっしりと重くなければならないテープカッターには、なんと砲丸投げの球が使われていた。鉄球を鉄の台に載せ、テープを切る歯を溶接してある。武骨で味のある存在感がたまらない。
ずっしりと重くなければならないテープカッターには、なんと砲丸投げの球が使われていた。鉄球を鉄の台に載せ、テープを切る歯を溶接してある。武骨で味のある存在感がたまらない。
庭の1角にはコンテナを改造したKINTAさんのギャラリーがある。 http://www14.plala.or.jp/KINTA-STUDIO/
庭の1角にはコンテナを改造したKINTAさんのギャラリーがある。http://www14.plala.or.jp/KINTA-STUDIO/