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壁をなくして開放的に暮らす狭小敷地につくられた
広々、ゆったりの充実空間

壁をなくして開放的に暮らす 狭小敷地につくられた 広々、ゆったりの充実空間
「狭小敷地なのに窮屈感がなくて、毎日、子どもたちが家の中でものすごく生き生きと遊んでいるんです。子どものお友だちが来たときには、空間にものすごい活気が出て、とても面白かったですよ」。この家での暮らしについてこう語る奥さん。さらに、「心身ともに開放的な気分になれる」と続ける。

ご主人も「すごく充実した感じがする空間」と大満足のこのお宅は、上のお子さんが幼稚園に入ったタイミングで建てた家だ。東武東上線の沿線にあるこの敷地を選んだのは、ご主人の勤め先へのアクセスがいいのと、周りに自然があって、子育てのためにいいことなどから。

道路に面したファサードは、ガレージの上の白壁にほぼ正方形をした窓がひとつだけのデザイン。あまりにもシンプルな外観をもつこの家の内部に、住宅らしからぬダイナミックな空間が展開されているとは誰も想像できないだろう。


ダイニングの手前がキッチン。下(2階)の奥に見えるのがリビング。階段下の白い椅子はアルネ・ヤコブセンのタンチェア。
3階のダイニング。家具は以前からの持ち物。手前にあるのがイームズのワイヤーチェア。
キッチン隣の子ども部屋での兄妹。


狭いけど、広く住む

このダイナミックな空間は、階段を軸にして1階からずっと間仕切り無しにどの部屋にも続き、リビングのような生活空間もその途中につくられている。この空間は夫妻のさまざまな思いが込められて実現したものだ。

「狭小で、かつ、うなぎの寝床的な土地なので、普通に考えてしまうと、部屋を少し広めに取ると各部屋に行くまでの階段がすごく狭かったり、急勾配だったりと窮屈なつくりになってしまう。それがとても気になって、設計の依頼時には、部屋も広く取りたいけれども、各部屋にアクセスする階段も、子どもがいるので広々とゆったりしたものにしてくださいとお願いしました」。こう語るのはご主人。

「あと、部屋を広く取るというのと通ずると思いますが、部屋をできるだけ区切らないでほしい、壁を設けたくないというようなこともお伝えしました。そしたら家内が“階段と部屋とがずっと連続していて階段の一部なのか踊り場なのか部屋なのかわからないというのも面白いですね”と」

「それは老後のことも考えたんじゃないかな」と奥さん。「子どもたちはいずれ家を出ていくじゃないですか。そのときに個室みたいなものがあると、それぞれの部屋というか空間が死んでしまうような気がして。私たち2人になったときでも使えるような感じにしたかったんですね」


2階のリビングはご主人お気に入りの場所。この家では、寝る場所が時期によって変わる。最近はこの空間で一家4人川の字になって寝ているという。
1階の玄関奥ホール。お兄ちゃんが描いたお父さんの絵とロスで購入したIKEAのスツール。
1階から3階へと大きく蛇行しながらダイナミックに連なる空間。


家が子どもたちの絶好の遊び場

壁を設けずに、空間を3次元的にずらすことでベッドルームなどの個室的な部屋をつくっていく、というのがお2人のリクエストに対する建築家の平田晃久さんからの回答だった。ずらすだけなので、視界はさえぎられるけれども、家族の出す音とか気配は家のどこにいても感じ取れる。これはまた「家族が一緒に暮らしている感じがほしい」という、ご主人からのもうひとつのリクエストへの回答でもあった。

この家では、階段を移動するごとにどんどん室中の風景が変わっていく。空間をずらすことで可能となったこの体験はどこか山登りを思わせる。「工事が進んで、柱が立ち階段がついたのを見たときにちょっとそういうような感じはしましたね。あるいは、木を登ってるような感じと言ったらいいのか。見る角度で景色が違ったり、木の陰になって見えなかったのがパッと抜けて視界が開けるみたいな、そんな瞬間がよくあります」。子どもたちにとってこれほど楽しい空間はなかなかないだろう。家全体が自分たちの遊び場のようなものだ。夢中になって上り下りを繰り返すせいか、暮らし始めて1年近く経た今では、2人とも、ふくらはぎにしっかりと筋肉がついたという。


玄関入るとこの光景がすぐ目に入る。色とりどりの絵本が見るからに楽しげ。コーナーに置かれた椅子はイームズのシェルチェア。

お気に入りコレクションを“見せる”

1階から2階にかけて壁に沿って設えられた本棚も、この家のとても大事な一部。この棚は、単に本を収納するためのものではなく、“見せる”ことも意識したつくりで、色とりどりの美しい本がきれいにディスプレイされている。その中心をなすのは子どもたちのために集めた絵本。「子どもを産んでからちょこちょこと買い続けて」できたコレクションだ。

この本棚ももちろん子どもたちのお気に入り。絵本の位置を変えたり、自分の描いた絵などを飾ったり、またミニカーを並べたりとディスプレイに凝っている。取材にうかがった日も、撮影があるというので朝から大ハリキリで本棚をきれいに整理し直したのだという。


海外の美しい絵本もいろいろ。
お母さんと一緒に本を選ぶ。
本棚をきれいに整理中。
デザインや旅行本の中に、ルーシー・リーの焼き物の本がきれいにディスプレイ。


子どもたちの将来が楽しみ

「大胆かつ繊細という言葉がまさにぴったり」とこの家を評するご主人。自分の子どもの頃と似た体験をさせたい、というのも建てるきっかけになったという。何の縁か、自分が育った実家が平田さんの師匠である伊東豊雄さんの設計だった。

「僕は今デザインの仕事をしていますが、美術とか絵を描くのが好きなのも、家の中に差し込む太陽の光がすごいキレイだったりとか、そういった子どもの頃の体験の影響が少なからずあったのかなと思うんですね」

「この家も本当に飽きないというか、楽しい見どころがたくさんある。子どもたちも充実したいい体験を毎日できてるんじゃないかなと思う」と語るご主人。今は幼い兄妹の10年後、20年後が今から楽しみにちがいない。


2階リビングから、3階へと至る階段を見る。
子どもも大人も、移動すること自体が楽しめる空間。
満面の笑顔で階段を上がり 2階リビングへ。
1階から2階へと至る階段。階段脇の壁には本棚がずっと続く。


中に展開されている空間とは対照的にすっきりシンプルな外観。建物幅が最大部分で3.4mなのに対して、奥行きは11.6m。
Coil
設計 平田晃久建築設計事務所
所在地 東京都板橋区
構造 木造
規模 地上3階
延床面積 92m2