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建築家たちの秘密基地“明るい小屋”で
楽しく、自由に暮らす。

建築家たちの秘密基地  “明るい小屋”で 楽しく、自由に暮らす。
「月光を浴びながら寝るのはほんと幸せですね」 

こう話すのは建築家の比護結子さん。設計事務所を共同主宰する柴田晃宏さんと、事務所兼用の自宅で暮らしている。

月光を浴びながら寝られるのは、屋根面積の6割をトップライトが占めているため。月の上る方角によっては、通り側の大きく開いたガラス屋根から、その奥にあるロフトまで光が差し込んでくる。


ロフトから2階を見下ろす。築33年、約3.3m×10mの家付きの土地を購入しリノベーションした。
ロフトから2階を見下ろす。築33年、約3.3m×10mの家付きの土地を購入しリノベーションした。
4.5mくらいまで育ったこの木はエバーフレッシュというインドネシアのネムの木の一種。
4.5mくらいまで育ったこの木はエバーフレッシュというインドネシアのネムの木の一種。
通り側から見る。奥のキッチンの上にはロフトがある。
通り側から見る。奥のキッチンの上にはロフトがある。


“細長い”は楽しい

2人が江東区のこの場所に越してきたのは7年前のこと。自分たちの空間をプレゼンテーションできる場所をつくろうと、リノベーションを前提に中古の家を探したという。家は構造がシンプルであるということが大きな条件だった。

「手を入れるのには構造がシンプルじゃないといけない。それと、構造自体を見せたいというのもありました」と柴田さん。


キッチン前から通り側を見る。幅は狭いが空が見える開放感溢れる空間で話も弾む。
キッチン前から通り側を見る。幅は狭いが空が見える開放感溢れる空間で話も弾む。

加えて、条件ではないが、建物の形状がシンプルで細長いというのもポイントだった。以前、狭小敷地のためのローコスト住宅をシリーズで2人で考案したが、そのなかに、細長い空間を立体的に使った、この家の原型ともいえる家があった。これを考えた時に、同じ面積でも細長くするとけっこう面白くなる、そんな発見があったという。「探すのならあれくらい細いところでもいいのかなあ」。こんな話をしているところで、この建物に出合った。
 
「一目見てわくわくしました」と比護さん。「細長くて楽しいだろうなと。それと、家の奥まで距離がけっこうあるのがいいと思いましたね」


2階のキッチンスペース。隣のスペースとの連続感もよく考えられたデザイン。
2階のキッチンスペース。隣のスペースとの連続感もよく考えられたデザイン。
オリジナルデザインのコンクリート一輪挿し。
オリジナルデザインのコンクリート一輪挿し。
スペースに合わせてうまく棚を設置するのも建築家ならお手のものだ。
スペースに合わせてうまく棚を設置するのも建築家ならお手のものだ。


温室、植物園、小屋

実際の設計では、古くて不動産価値0の建物も合わせて敷地としてとらえ、その敷地の中にどのように住空間とアトリエをつくっていくかを考えたという。

「アトリエはパブリックに近いので半屋外的な“敷地”の空間に配置して、住空間はとにかくコンパクトに最小限にまとめてその中に入れ込むという、入れ子のような構造に収斂していきました」と柴田さん。

さらにそこに、2人が好きな温室や植物園のイメージを重ねるとともに、小屋のような仮設的な建築物がもつ空気感も加えていった。

比護さんは「お施主さんがいる仕事ではできませんが、断熱などをがっつりと作り込むというより、ちょっと軽く作るみたいなものが好きなので…」と話す。


1階の事務所スペースから2階を見上げる。左の棚には清家清設計の「宮城教授の家」の解体時にもらい受けた棚板を使用。
1階の事務所スペースから2階を見上げる。左の棚には清家清設計の「宮城教授の家」の解体時にもらい受けた棚板を使用。
通り側から奥を見る。奥行きがあるため実際より広く感じる。
通り側から奥を見る。奥行きがあるため実際より広く感じる。
家の奥から通り側を見る。
家の奥から通り側を見る。
入口の壁には建築模型が掛けられている。
入口の壁には建築模型が掛けられている。
奥の階段室で見上げる柴田さん。
奥の階段室で見上げる柴田さん。


“楽しい”が重要

出来上がった家は、〈キチ001〉と名付けた。以前から事務所をキチと呼んでいたこともあるが、2人の活動拠点であり、かつ、“秘密基地”的なニュアンスも込めたという。このネーミングからはこの家の、子どもたちの遊びに通じるような自由さ、そして楽しさが伝わってくる。

「“楽しい”は重要ですね」という比護さん。「家では片づけとかやらなけらばいけないことがけっこうありますけど、そういうことに追われて過ごすのではなくて、すべてを楽しくやりたいという気持ちがあるんですね。ご飯をつくるのも楽しくあってほしいし、洗濯物を干すだけでも楽しくあってほしい。そういうところをこの家には入れたいなあという気持ちはありましたね」


建築模型などとともに置かれたシンガーのミシン。現役で使用中。
建築模型などとともに置かれたシンガーのミシン。現役で使用中。
家の奥に、トイレ、バスなどの水回りを立体的に配置。
家の奥に、トイレ、バスなどの水回りを立体的に配置。
 
断面模型。古い家の中に新たに家をもうひとつ挿入。
断面模型。古い家の中に新たに家をもうひとつ挿入。
家の奥にある螺旋階段で読書中の比護さん。その日の最も心地いいところで過ごす。
家の奥にある螺旋階段で読書中の比護さん。その日の最も心地いいところで過ごす。
半屋外という設定で設計された事務所部分の床を一部開けて敷地に直接植えられたエバーフレッシュの木。
半屋外という設定で設計された事務所部分の床を一部開けて地面に直接植えられたエバーフレッシュの木。


秘密基地での楽しい生活には、さらに屋上での月見という贅沢も。

「明日満月なんですが、昨日の夜はものすごく明るくてきれいだったんですよ」と言う比護さんに、「あれを味わうとなかなか捨てがたいよね」と柴田さん。

そしてまた、冒頭で紹介した月光のもとでの眠りも格別だ。「ちょうどいま寝ているところに月の光が入ってくるので、それを浴びながら寝るのも体にいいかなと…」と比護さん。これこそまさに“秘密基地”ならではの体験ではないだろうか…そのように感じられた。


1階から見上げると、まるで植物園。自然が好きで緑を入れたかったというお2人は半屋外的な“敷地”にこの木を植えた。「家に帰ってきて中に入るとすぐ木がぽっとあるというのは不思議な感じで、しかもすごく楽しい」と柴田さん。
1階から見上げると、まるで植物園。自然が好きで緑を入れたかったというお2人は半屋外的な“敷地”にこの木を植えた。「家に帰ってきて中に入るとすぐ木がぽっとあるというのは不思議な感じで、しかもすごく楽しい」と柴田さん。
夏にはファサードがゴーヤで覆われる(写真提供=ikmo)。ゴーヤはご近所とのコミュニケーションに大いに役立っているという。
夏にはファサードがゴーヤで覆われる(写真提供=ikmo)。ゴーヤはご近所とのコミュニケーションに大いに役立っているという。
屋上から通り側のトップライト部分を見下ろすと温室のよう。屋上ではランチをしたり、寝転がって本を読んだりも。
屋上から通り側のトップライト部分を見下ろすと温室のよう。屋上ではランチをしたり、寝転がって本を読んだりも。


キチ001
設計 ikmo
所在地 東京都江東区
構造 木造