Style of Life
3世代で家をシェアする穏やかな時を刻む
思い出の地に開いた珈琲屋
構想5年。念願のカフェをオープン
再開発が進む京王線調布駅から徒歩5分。拡張工事中の道路沿いを歩いていると、ウエスタンレッドシダーの壁に施された、ぷっくりとした「!」マークに目が留まる。目立った看板はないものの、丸太の椅子が置かれ、植栽で彩られたエントランスは、一般の住宅とは一線を画しており、「何屋さんかな?」と足を止める人も多い。
ここは、直井雄太さんが昨年春に開いたカフェ「いづみ」。かつて、直井さんの祖父母が40年以上も洋食屋を営み、暮らしていた場所である。祖父が他界し、祖母の惠子(しげこ)さんが一人で住んでいたが、建て替えを機に1階をカフェ、2、3階を住居とし、3世代4人での暮らしが始まった。
「祖父母の店で祖父のハンバーグなどよく食べていました。料理をしている、“かっこいいおじいちゃん”の姿が目に焼き付いています」。祖父の影響もあり、料理が好きになったという直井さん。調理師学校に進み、その後代官山のカフェで珈琲について学んだという。「祖父母の店があったこの場所だからこそカフェを開きたいと思ったんです。思い出の場所で、祖父母の思いを引継ぎ、地域に密着したお店を持ちたいと。店名も、当時と同じ『いづみ』にしました。いつも祖父が見守ってくれているように感じます」。
シェアハウスのような造り
現在は、主に、2階が直井さんと惠子さん、3階が直井さんのご両親の生活スペースになっている。
2階のリビング・ダイニングは家族の共有スペース。作業台を広くとった大きなアイランドキッチンでは、直井さんをはじめ惠子さん、働いている母、ときには父も、そのときどきでできる人が料理を作る。夕食時にはダイニングに家族が集い、カフェでの出来事など何気ない話題で会話が弾むという。
床はオークのフローリングを斜めに敷き詰め、天井には杉の足場板を使用。自然素材が心地よい空間には、ハンス・J・ウェグナーやボーエ・モーエンセンの名作椅子たちがさりげなく置かれている。家族の時間を大切にしている直井さんは、家族が集う2階のスペースには経年変化が楽しめる素材や家具にこだわったという。北欧家具の専門店「グリニッチ」オリジナルの一人掛けソファに座る惠子さん。「座り心地がとてもいいです。ここは、木のぬくもりが感じられ、広々としていて落ち着きますね」と、最も2階で過ごすことが多い惠子さんの笑顔から、その快適さがうかがえる。
2階でもうひとつ目を引くのが、オブジェのように置かれたバスタブ。思い切って扉や間仕切りを設けず、“見せるバスルーム”という大胆な発想である。
「常にオープンになっているため、通気性もよくカビも生えません。簡単に拭くだけでよいので、掃除もラクですよ」と直井さん。シンプルな空間のアクセントにもなっている。
可変性を考えた余白のある空間
3世代にわたる家族は、生活パターンや趣味もさまざま。それぞれのプライベートな時間を守れるようにと、2階に2つ、3階には3つの小さな個室を設けた。また、3階にもリビングとミニキッチン、シャワーブースを設け、各階で生活が完結できるようにした。好きなときにテレビを観たり、シャワーを浴びたり、父母の生活スタイルに合わせて自由に過ごせるようになっている。
3階のクローゼットの奥は、予備の個室もある余白を残した空間。将来、家族構成やライフスタイルが変化したときにも柔軟に対応できるようにと考えてのこと。自由度の高いシンプルな造りは、そのときどきの家族の暮らし方に合わせてカスタマイズできるのである。
珈琲に思いを込めて
家族をはじめ、人とのつながりを大切にする直井さん。1階のカフェでもお客様とのコミュニケーションを大事にしている。「豆は常時6~8種類用意しています。お客様の好みや気分などをうかがい、今飲みたいもの、お客様の求めているものに応えられるよう心がけています。カフェオレも基本のレシピはありますが、お客様の年齢や性別、雰囲気などから想像して、豆やミルクの量など微妙に変えたりすることもありますね」。お客様に合わせて一杯ずつ丁寧にドリップ。「同じ一杯はありません」と、一杯一杯に思いを込めた仕事ぶりが伝わってくる。
この極上の珈琲を引き立てるのが、シンプルな木の空間と北欧の名作家具たちである。ここにはゆったりとした時間が流れ、まるでリゾート地で飲むような格別な一杯が楽しめる。
「最近嬉しいことがあったんです」ととびっきりの笑顔で話し始めた直井さん。「“先日、ここで婚姻届けを書きました”というエピソードを話してくれたお客様がいらしたんです。そういう人の人生に寄り添い、思い出の1ページになるようなお店にしていきたいですね」。