Style of Life

ライフスタイルを大きく変えて 自然に囲まれた葉山の
古家をリノベして住む

ライフスタイルを大きく変えて 自然に囲まれた葉山の 古家をリノベして住む

葉山の築50年の家

永松さん・神保さんとお2人の息子さんが住むのは神奈川県・葉山の築50年ほどの古家をリノベーションした家だ。葉山には10年住んだ神宮前のマンションが再開発・取り壊しになることを機に移り住むことに。当初は鎌倉が第一候補だったが、葉山まで対象を広げて賃貸物件を探し始めたという。その後、賃貸から購入へと方針を変えて見つけたのがこの土地だった。

「はじめ不動産屋さんからは葉山でも比較的便のいいところを紹介されていたんです。でも、利便性のいい物件って住宅が密集していて東京とさほど変わらない。“ちょっとピンとこないね”っていいながらいろいろ見て回っていました」(神保さん)

そして見つけたのはガルバリウムの外壁を白と青に塗り分けた「かなり年季の入った山小屋のような家」で「これはさすがにすごすぎるでしょう」というのが共通の感想だった。

自然に囲まれた永松・神保邸。住宅地のように敷地境界がきっちりと線引きがされていないのを利用して実際の面積以上に広々と暮らせるように設計された。
自然に囲まれた永松・神保邸。住宅地のように敷地境界がきっちりと線引きがされていないのを利用して実際の面積以上に広々と暮らせるように設計された。

周囲に緑が鬱蒼と茂るこの物件は、「土地に価値のない家がついている」といったものだったが、そのインパクトに引き寄せられたのか、他を見てもなぜかこの物件に気持ちが戻ってきたという。そして自分たちでは判断が難しかったため、友人の建築家に最終的なジャッジをゆだねることに。

判断をまかされた安部良さんは最終的に残っていた2つの候補のうちこちらのほうを推したという。「とても値段が安くて、予算が限られている中でこちらのほうができることがたくさんあると思ったんですね。それと、いまだゆるい境界意識が残っている土地柄で、周りの景色も隣の家まで含めてこの家のもののようにも感じられて、そのあたりをうまく使えば広々豊かに暮らせるのではないかと」

裏側から見た永松・神保邸。増改築がなされた築50年ほどの家は新築の家にはないとてもユニークな佇まいだ。
裏側から見た永松・神保邸。増改築がなされた築50年ほどの家は新築の家にはないとてもユニークな佇まいだ。
2階の寝室から裏山の竹林を見る。手前に見えるのはリビングの天窓。
2階の寝室から裏山の竹林を見る。手前に見えるのはリビングの天窓。
道路側では竹林が敷地近くまで迫る。左に積まれているのはストーブ用の薪。
道路側では竹林が敷地近くまで迫る。左に積まれているのはストーブ用の薪。

風通しと日当たりをよくする

カビが出やすい土地柄のため、リノベに際してのリクエストはまずは「風通しをよくしたい」だった。さらに「とにかく天井が低くてかつ細かい部屋に仕切られていて、最初に見に来たときは中に入ると真っ暗」だったため、「日当たりをよくする」ことも強く希望した。

そこでリビングの開口を壁をつぶして広めにとり、また部屋を仕切っていた壁も一部取り払ったうえで天窓を設けた。天窓は神保さんが「明るい家にしたいから」と強くリクエストしたもの。リビングの幅いっぱいに開けられた天窓が家の中央部分にも十分な太陽光をもたらしている。 

ブックデザイナーをしている永松さんのアトリエをリノベする部分とは別につくるのもリクエストだった。「家の中につくったら両親やお友だちが来ても泊れる部屋もなくなるので、できれば仕事場をどこか違うところに設けられるといいなと」(神保さん)。そこでリビングの外部にポリカーボネートの庇とウッドデッキを設けたうえでその先にコンテナを活用したアトリエを設置した。

このウッドデッキは家の周りにぐるりと張り巡らされていて、道路側ではテラスとなっている。この部分の土地は三角形かつ斜めになっていて居住スペースをつくることができなかったため、テラスは土地をできるだけ広く使うとともに庭がわりのスペースをつくるという一石二鳥のアイデアだった。

リビングを見る。天窓のあるところ以外の部分が元の天井の高さでかなり低め。壁には補強も兼ねて構造用合板が張られている。キッチンを土間にするリクエストはあったが、床の補強のためリビング部分も土間とした。
リビングを見る。天窓のあるところ以外の部分が元の天井の高さでかなり低め。壁には補強も兼ねて構造用合板が張られている。キッチンを土間にするリクエストはあったが、床の補強のためリビング部分も土間とした。
天窓を通して天候の変化をダイレクトに感じ取ることができる。
天窓を通して天候の変化をダイレクトに感じ取ることができる。
オーディオセット上の壁に掛けられた斧。大きさにより薪割用など用途がわかれる。
オーディオセット上の壁に掛けられた斧。大きさにより薪割用など用途がわかれる。
薪ストーブは永松さんがどうしてもほしかったものという。
薪ストーブは永松さんがどうしてもほしかったものという。
天窓はリビングの幅いっぱいに設けられている。
天窓はリビングの幅いっぱいに設けられている。
ストーブの左の開口が玄関。ワンルームのスペースの中に、形状や天井高・床の高さの違い、また明るさの違いにより居心地の異なる場所がつくられている。開口面が広く取られているためお2人の希望通り風通しのいい家になっている。
ストーブの左の開口が玄関。ワンルームのスペースの中に、形状や天井高・床の高さの違い、また明るさの違いにより居心地の異なる場所がつくられている。開口面が広く取られているためお2人の希望通り風通しのいい家になっている。

自然とともに生きる

このテラスでは自然と直に接することができるが、神保さんは家の中にいても「自然とともに生きている感じがする」という。「コンテナにいると毎日がキャンプみたい」と話すのは永松さん。3年暮らしてみてお2人からはこのような感想が漏れるが、この土地は逗子駅からさらに車で20分ほどの位置にあり東京に気軽に向かえる距離ではないため、移住を決める際には永松さんのなかでは実は葛藤があったという。

「この土地に住むのであれば住み方・生き方を変えざるを得ないけれども、今までのライフスタイルを変えるのはなかなかきっかけがないとできない。それでどうしようかな」と。また移住を決めてからも「ライフスタイルがどのように変わるかまでは考えていなかった」と話す。

そんな永松さんの姿を見ていて安部さんはこんなことを思ったという。「地方で空き家を借りて自分たちでリノベーションし始めている人がいて、そのうちにその人たちが大工さんになって地域の家をどんどんつくっていく。地方には大工さんがいなくなってきているから。彼ももしかしたら大工になるかもしれないと」。さらに続けて「そう思っていたら、大工ではなく植木屋さんになっちゃったんですが」と話す。

安部さんが「いいキッチンができた」と胸を張るキッチン。料理研究家に気に入られ、同じようなものがほしいと依頼があったという。扉を付けないなど、神保さんのリクエストにほぼ忠実につくったものという。天板の高さは87㎝と少し高め。
安部さんが「いいキッチンができた」と胸を張るキッチン。料理研究家に気に入られ、同じようなものがほしいと依頼があったという。扉を付けないなど、神保さんのリクエストにほぼ忠実につくられたものという。天板の高さは87㎝と少し高め。
ダイニングから奥のゲストルームを見る。
ダイニングから奥のゲストルームを見る。
キッチン横の出入り口からはウッドデッキに出ることができる。時計のかかった壁の裏には階段がある。
キッチン横の出入り口からはウッドデッキに出ることができる。時計のかかった壁の裏には階段がある。
ゲストルームに向かう途中の右側にお風呂がつくられている。
ゲストルームに向かう途中の右側にお風呂がつくられている。
お風呂は永松さんの要望で鋳物のホーロー風呂にした。体の芯から温まりとても気持ちがいいという。
お風呂は永松さんの要望で鋳物のホーロー風呂にした。体の芯から温まりとても気持ちがいいという。

永松さんがグラフィックデザインの仕事をしつつ植木屋さんでアルバイトを始めたのは、「一度、一次産業というものに従事してみたらいいんじゃないかと思って探したら、資格や年齢の関係でできるのが植木屋だけだった」からという。

さらにこんなことも話してくれた。「植木屋の仕事では鋏がかかせないんですが、ちゃんと研いでおかないときれいに切ることができない。だから刃物が研げるようになったりとか、今までまったくやらなかったことがどんどんできるようになってきています」

永松さんの背中を押す役割も果たした安部さんは「まさに狙い通りというか、こういう話を聞くとすごくうれしいですね」と話す。葉山の地への移住はまさにライフスタイルを大きく変えつつある、そう永松さんは実感しているに違いない。

ゲストルームの外につくられたテラス。三角形で傾斜のある敷地部分をうまく活用している。テーブルを出して昼ごはんを食べたりバーベキューもするという。
ゲストルームの外につくられたテラス。三角形で傾斜のある敷地部分をうまく活用している。テーブルを出して昼ごはんを食べたりバーベキューもするという。
右がゲストルーム。家の周辺にはストーブ用の薪が数カ所にわけて積まれている。
右がゲストルーム。家の周辺にはストーブ用の薪が数カ所にわけて積まれている。
アトリエに改造したコンテナの扉を開けた状態。出入りは木製の壁に取り付けた開口から。
アトリエに改造したコンテナの扉を開けた状態。出入りは木製の壁に取り付けた開口から。
アトリエの内部には家と同じ構造用合板が張られている。コンテナの扉を開けるとその先にリビングが見える。コンテナは密閉度が高く息苦しくなるときがあるため、5~10月はこのように開けている。そうするととても快適に過ごせるという。
アトリエの内部には家と同じ構造用合板が張られている。コンテナの扉を開けるとその先にリビングが見える。コンテナは密閉度が高く息苦しくなるときがあるため、5~10月はこのように開けている。そうするととても快適に過ごせるという。
リビングとアトリエの間には庇が架けられ、ウッドデッキが張られている。
リビングとアトリエの間には庇が架けられ、ウッドデッキが張られている。

永松・神保邸
設計 安部良アトリエ
所在地 神奈川県三浦郡
構造 木造
規模 地上2階
延床面積 76.64 ㎡