Style of Life

住まい手の感性が光る 職と住の機能を詰め込んだ
“倉庫のような家”

住まい手の感性が光る 職と住の機能を詰め込んだ  “倉庫のような家”

アトリエ倉庫と音楽スタジオを希望

サウンドデザイナーの甘糟亮さんと美術装飾家のユリさんが昨年新築した家は、シルバーの細長い箱型の建物から三角形に突き出たテラスが印象的。そのユニークな外観に足を止める人も多く、「何屋さんですか?」と訊かれることもあるという。

お2人が求めたのは、“窓のない倉庫のような家”。映像制作の現場を中心に活躍するユリさんは、大量の物を収納できるスペースが必要不可欠だったと話す。
「フリーランスで仕事をしているので、例えば、“女の子の部屋”“オフィス”“病院”といったさまざまなシチュエーションで使用する基本的なアイテムは常に用意してあり、作品によってさらに加えたりアレンジしたりしています。そのため、その膨大なアイテムたちを収納できる倉庫が必要でした。また、撮影に使用する物をトンカチやドリルを使って製作したり、塗装したりすることもあります。近所の目を気にせず、深夜でもいつでも作業ができる場が欲しかったのです」。
一方、音楽や効果音を作る仕事の亮さんは、ときに大きな音を出すこともあるという。そのため、音がもれない“窓のない家”を望んだ。

1階はアトリエ倉庫と音楽スタジオ、そしてバスルームを配置。バスルーム以外には窓はない。玄関も設けず、大きな扉で開閉する“搬出入口”を設置。ユリさんのもうひとつのこだわりが、「搬出入口にハイエースを横付けできること」だった。
「撮影用のアイテムを搬出する際、ハイエースにスムーズに詰め込めるようにしたかったんです。軒の高さをハイエースより高くしてもらい、扉を全開にして、どんどん詰め込む。スリッパのまま動けるため、とても便利で満足しています」。

都内の利便性に富んだ住宅街に建つ。シルバーのガルバリウム鋼板の建物に、レッドシダーの三角形のテラスが絶妙にマッチ。カーポートを兼ねているテラスでは、ユリさんが撮影に使用するグリーンを育成中。2台分の駐車スペースを確保し、レンタルしたハイエースを駐車することも。
都内の利便性に富んだ住宅街に建つ。シルバーのガルバリウム鋼板の建物に、レッドシダーの三角形のテラスが絶妙にマッチ。カーポートを兼ねているテラスでは、ユリさんが撮影に使用するグリーンを育成中。2台分の駐車スペースを確保し、レンタルしたハイエースを駐車することも。
大きな扉をスライドすると、すぐにアトリエ倉庫に。搬出入口が玄関を兼ねる。
大きな扉をスライドすると、すぐにアトリエ倉庫に。搬出入口が玄関を兼ねる。
季節に合わせたディスプレイで彩られた表札。“甘糟”の文字は、設計士の息子さんの作品。
季節に合わせたディスプレイで彩られた表札。“甘糟”の文字は、設計士の息子さんの作品。
柱のみのがらんどうだったアトリエ倉庫。シチュエーションごとのアイテムをそれぞれ収納したコンテナが整然と積まれている。「キャスターを付けてもらったので奥の物もスムーズに出せます」とユリさん。天井にはライティングレールを埋め込み、電動工具がどこでも使えるようにした。『TOTO』の実験用シンクの左奥がバスルーム。
柱のみのがらんどうだったアトリエ倉庫。シチュエーションごとのアイテムをそれぞれ収納したコンテナが整然と積まれている。「キャスターを付けてもらったので奥の物もスムーズに出せます」とユリさん。天井にはライティングレールを埋め込み、電動工具がどこでも使えるようにした。『TOTO』の実験用シンクの左奥がバスルーム。
アトリエ倉庫の右奥が、亮さんの音楽スタジオ。防音設備も完備。PCを載せているのは組み立て・解体自在のペケ台(簡易作業台)。
アトリエ倉庫の右奥が、亮さんの音楽スタジオ。防音設備も完備。PCを載せているのは組み立て・解体自在のペケ台(簡易作業台)。
1階で唯一窓があるバスルーム。坪庭はプロの方たちと相談しながらDIY。「お風呂に入っていたら、ハクビシンが窓からのぞいて行ったので、ビックリ!」とユリさん。
1階で唯一窓があるバスルーム。坪庭はプロの方たちと相談しながらDIY。「お風呂に入っていたら、ハクビシンが窓からのぞいて行ったので、ビックリ!」とユリさん。

レイアウト自在の大きな箱

2階に上がると、大きな開口からたっぷりの日差しが入り、1階とのギャップが楽しい。方杖を施したスギの柱が林立し、木の存在感を目いっぱい感じられる気持ちのよい空間になっている。
「手を加えすぎないものが好きなので、素材もそのままで、現しにしています。シンプルな大きな箱を作ってもらい、そのときの用途やライフステージに合わせて自分たちで好きなようにレイアウトできるようになっています。“仮設みたいな家”ですね(笑)」(亮さん)。

「人を招くことが好き」というお2人。ダイニングテーブルは、脚に天板を載せただけのペケ台(簡易作業台)を連ねて使用。来客人数や使用目的によって外したり、位置を替えたりと自在に変更できるため都合がよいという。

また、3階は、余った角材を並べて釘で固定しているだけの空間。現在は細長い床になっているが、2mの角材を並べれば、いつでも増床可能だ。
「子どもができたら床を広げて、奥を子ども部屋にすることも考えています」とユリさん。
家族の成長やそのときのライフスタイルによってフレキシブルに対応できる家である。

北向きの大きな開口から安定した光が入る2階のダイニングキッチン。向かい側は学校の校庭のため視界が広がる。方杖付きの柱は免震の役割がある。
北向きの大きな開口から安定した光が入る2階のダイニングキッチン。向かい側は学校の校庭のため視界が広がる。方杖付きの柱は免震の役割がある。
階段の手すりにはブルーに塗った単管パイプを使用。撮影時に持参する“マイ ハコウマ”は家では椅子としても重宝。
階段の手すりにはブルーに塗った単管パイプを使用。撮影時に持参する“マイ ハコウマ”は家では椅子としても重宝。
3階は角材を置いただけのスペース。細長い空間のため、現在は縦に布団を敷いて寝ているそう。
3階は角材を置いただけのスペース。細長い空間のため、現在は縦に布団を敷いて寝ているそう。
亮さんがDIYした本棚。現在、壁一面を本棚にする企画もあるそう。奥行を生むウォールライトは、照明デザイナー・岡安泉氏の作品。
亮さんがDIYした本棚。現在、壁一面を本棚にする企画もあるそう。奥行を生むウォールライトは、照明デザイナー・岡安泉氏の作品。
ユリさんがクロスステッチ(刺繍)で作製した、ゴッホの『星月夜』(左)。多肉植物が置かれたベンチは亮さんが作った。奥のドアからは屋根に出ることができ、屋根掃除の際に使用。
ユリさんがクロスステッチ(刺繍)で作製した、ゴッホの『星月夜』(左)。多肉植物が置かれたベンチは亮さんが作った。奥のドアからは屋根に出ることができ、屋根掃除の際に使用。

DIYで仕上げた“みんなの家”

「できるだけコストを抑えるために、壁や天井は石膏ボードで引き渡してもらい、自分たちで塗りました」とはユリさん。
まずは人目につきにくい天井からスタートしたそう。高所恐怖症の亮さんも「そんなことを言ってられず、必死に取り組みました」と話す。今回設計を依頼したフジワラテッペイアーキテクツラボの皆さんや友人たちにも手伝ってもらい、丸1か月かけて仕上げたという。
「仲の良い大道具の友人が2週間くらい通い続け、根気強く塗ってくれました。プロの意地からか、クオリティに妥協ができなくなったようで(笑)。最も目に入る部分の壁をきれいに仕上げてくれました」(ユリさん)。

カーテンレールも自分たちで買って取り付け、暮らしているうちに必要になった家具は亮さんが破材で作製。バスルームから見える坪庭は設計事務所のランドスケープ担当の方や造園家の方と一緒に作り上げていった。
「DIYはこの家で初めて体験しました。新鮮で、楽しかったですね。この家は自分の家というよりも“みんなの家”という感じ。管理人みたいな気持ちなんです。みんなが来るからきれいに使おうと思いますから」と笑う亮さん。
料理好きのユリさんと最近料理に凝り始めたという亮さんのお2人がもてなしてくれる、通称『アマカスハウス』は、仲間が気軽に立ち寄れるサロンのような雰囲気がある。コロナ禍が落ち着いたときには、ますます賑やかになりそうだ。

手前の作業台は友人と一緒に作製。キャスターを付け、移動自在にした。ガラスのショーケースに飾られているユニークな小物たちはユリさんの作品。
手前の作業台は友人と一緒に作製。キャスターを付け、移動自在にした。ガラスのショーケースに飾られているユニークな小物たちはユリさんの作品。
造作の棚。調味料のこだわりから料理好きがうかがえる。
造作の棚。調味料のこだわりから料理好きがうかがえる。
カラフルなカゴたちは、造作のカウンターにぴったり収まるようサイズを測り、ユリさんが作製した。
カラフルなカゴたちは、造作のカウンターにぴったり収まるようサイズを測り、ユリさんが作製した。
軽やかな蛍光色のカーテンが甘糟邸のアクセントに。
軽やかな蛍光色のカーテンが甘糟邸のアクセントに。
トイレ内のくぼんだスペースにも、亮さんが余った角材で棚を作製した。
トイレ内のくぼんだスペースにも、亮さんが余った角材で棚を作製した。
ダイニングテーブルとして使用しているペケ台は、ユリさんの作業台としても重宝。知人の装飾会社で大量に収穫してきたオリーブの渋を抜くのが最近の日課。
ダイニングテーブルとして使用しているペケ台は、ユリさんの作業台としても重宝。知人の装飾会社で大量に収穫してきたオリーブの渋を抜くのが最近の日課。