Architecture
土間で四季を楽しむ思い出深い祖父母の家を
大切に心地よく住み継ぐ
重ねた月日を味わいに
鎌倉市の高台に建つKさん邸。ご主人のおじいさま・おばあさまが約50年前に建てたという家は広い庭を備えた堂々たる佇まいで、この土地を長いあいだ見守ってきた風格が感じられる。
「小さい頃からよく遊びに来ていました。祖父母や両親、兄弟との楽しい思い出が詰まった家なんです」と話すご主人。数年前におばあさまが他界されて住まい手を失ったこの家を受け継ぎ、リノベーションして暮らすことを決めた。「土地が他の人に買われて、家が解体されてしまうのは寂しいと思ったんです。長女が小学校に上がるタイミングだったこともあり、腰を据えて暮らせる住まいをつくりたいとも考えていました」。
リノベーションにあたってKさん夫妻が希望したのは、明るくて暖かいこと、開放感のある間取りなどの実用性だけでなく、築年数の経った家ならではの味わいを生かすことだった。
そんなお二人が白羽の矢を立てたのは、ディンプル建築設計事務所の堀泰彰さん。築年数を重ねた住まいのリノベーションを多く手がけ、その可能性を引き出し続ける建築家だ。「幼馴染に『絶対に感覚が合う人がいるから』と紹介してもらったのですが、自然体で穏やかな人柄に触れ、この人に任せたいとすぐ思いました」(ご主人)。また、築60年超の古家を再生した堀さんの自邸も見学し、スケルトンリフォームで開放的な空間をつくりつつ古い構造材を魅力的に見せる技、左官壁の温かみ、外とのつながりを感じてゆったり過ごせるところなどに惹かれたという。
夏涼しく冬暖かい土間
Kさん一家は、ご夫妻と仲良し姉妹の4人家族。「思い出深い家で、家族全員のびのび楽しく暮らしたい」というご夫妻の気持ちを受け取った堀さんは、スケルトンリフォームで間取りを一新した。「個室や廊下で細かく区切られていた1階をひとつながりのLDKとし、天井の高さも上げました。また、光をたっぷり取り込める南側には全開できる大きな窓を設け、庭とのつながりも感じて過ごせるようにしました」(堀さん)。新たに生まれた大空間に姿を現したのは、約50年間この家を支えてきた柱や梁たち。今は陽の光を浴びながら、孫世帯の暮らしを見守っている。
リノベーションに用いる素材は、体への心地よさや調湿効果を考えて、自然素材を選択。床には足触りの良い杉を張り、壁や天井には漆喰を塗った。
なお、コスト面と将来のライフスタイルの変化に備える意味から、リノベーションは1階のみとし、2階は既存のまま残してある。
そして特筆すべきは、南側に設けた幅一間(約1.8メートル)・長さ10.8メートルの「インナー土間」。光沢のある橙色は一見土には見えないが、「磨き仕上げ」という左官の技でツヤを出している。この土間を提案した堀さんは、「夏はひんやりして気持ちいいし、冬は昼間の太陽熱を蓄えて夜に放出してくれます。1年を通して、自然の力を利用した快適な居場所になるんです。また、土間とフローリングの境目のラインがあることで、空間にリズムと広がりも生まれます」と話す。
手をかけて住まいにする
リノベーションを始める前、Kさん夫妻は堀さんにあるお願いをした。それは、家づくりに参加したいということ。「人に全部つくってもらった家は完璧できれいかもしれないけど、ちょっと味気ない。手間と時間はかかっても、少し不恰好な部分があっても、自分たちの手をかけた家にしたかったんです」とご夫妻は振り返る。
堀さんは自邸のリノベーションにおいても、住みながら少しずつ自身の手で仕上げを行っており、左官仕事を体験できるワークショップなども開いている。「ご夫妻のお気持ちはとてもよくわかりましたし、うれしいリクエストでもありました」(堀さん)。
Kさん一家がこの家に入居したのは、2015年の年末。間取り変更、断熱材の追加、配線や配管などの大掛かりな工事のみ終えた状態で住み始め、堀さんをはじめとしたディンプル建築設計事務所の方、左官職人や大工さんの力を借りながら、仕上げを進めた。「壁と天井の漆喰は、左官職人さんのアドバイスをいただきながら、夫婦で少しずつ塗りました。だんだん上手くなっていって楽しかったです」「土間は、ゴールデンウィーク休暇中につくりました。職人さんが土台を塗ってくれて半乾きになったところを、娘たちも一緒になってひたすら乾拭きして磨いたんです。土の表情がだんだんピカピカしてくるのが面白かったですね」。ご夫妻は、自らの手をかけたリノベーションの思い出を楽しげに振り返る。
仕上げが一通り終わったのは2016年の年末。入居から約1年が経ったころだった。
住み継がれ進化する家
手間暇かけたリノベーションを終えてから2年以上が過ぎた今、Kさん一家はこの家での暮らしを満喫している。「家に帰ってきて開放的なLDKに足を踏み入れると、途端にゆったりした気持ちになります。居心地が良すぎて、休みの日も家でのんびりと過ごすことが増えました」と目を細めるご主人に、奥さまも「夏も冬も、土間の上でゴロゴロするのが快適なんです。娘が友だちをたくさん呼んだときもワイワイ楽しそうで、この空間ができて本当に良かったと思います」と頷く。
取材時、久しぶりにKさん邸を訪れたという堀さんは、その変わり様に驚いていた。ご主人が、庭にレンガを敷いたり、余った木材で棚や椅子を手づくりしたりと、さらに住まいを進化させていたのだ。「大切に手をかけ続けて、Kさんご一家らしく住まわれていて、こちらもうれしくなりました」。
祖父母の家の「温もり」と「味わい」を生かし、家族でのびのびと暮らせる住まいを完成させたKさん一家。誕生から半世紀を迎えた家も、天国のおじいさま・おばあさまも、きっと喜んでいることだろう。