Architecture
自然素材にこだわる 光と陰が織りなす変化を楽しむ
左官の技が光る家
自然素材と照明計画に魅かれて
東京都板橋区の商店街から一本入った閑静な住宅街。老朽化した実家を4年前に建て替え、20数年ぶりに生まれ育った地へ戻ってきた松澤毅さん。妻の美香さん、長男、長女と暮らすその家は、職人の手仕事が伝わる左官壁の外観が一際目を引く。
「自然素材を生かした家づくりを得意とする設計事務所を、板橋区内で探していました。各社のホームページを見ていて目に留まったのが『アトリエ橙』(現在は練馬区に移転)さんです。自然素材はもちろんですが、照明使いの美しさに目を奪われましてね。この建築家に会ってみたいと思ったと同時に電話して、その日に会いに行きました(笑)」(毅さん)
『アトリエ橙』を主宰する奥山裕生さんは、一級建築士であり、照明コンサルタントでもある。1年に渡って打ち合わせを重ね、松澤さんご夫妻の要望を丁寧にヒアリングした。そして完成したのが、左官をふんだんに使用した、シンプルながら唯一無二の住まい。自然光の動きを計算し、さらに間接照明の効果を使って左官壁をより美しく演出した。「奥山さんを“光の魔術師”と呼んでいます」と話す毅さんの笑顔は充足感に満ちている。
熟練の左官職人の技
2階のリビングダイニングから独立型のキッチン、ロフト、階段室など、壁は珪藻土の左官仕上げ。質感豊かで陰影に富んだ空間が広がっている。
「壁全体を連続させて表情を付けていくのは、優れた腕をもつ熟練した左官職人しかできない技です」と奥山さん。
土を材料として人の手で塗られた壁にはぬくもりが感じられる。調湿効果があり、においも吸収してくれるため、清々しい空気が漂う。心身ともに安らげる、上質なリラックス空間となった。
「時間帯によって部屋の表情が変わるんです。夕方から夜にかけてもとても素敵ですよ」(美香さん)。
床や階段の手すりは無垢の木を使用。一枚板のダイニングテーブルは、埼玉県川口市の『木風堂』で毅さんが偶然出会ったもの。
「実は、一部に虫食いの穴があるため、商品にはできないと倉庫の奥で眠っていたんです。脚も節のあるもので構わないと言って譲ってもらいました。おかげでお安く購入できましたよ」
天然のものにこだわる毅さん。「愛着がわきます」と目を細める。
遊び心がのぞく暮らし
毅さんの趣味の部屋として設けたロフトは左官壁を満喫できる特等席。リビングの吹き抜け上部ともつながっていて、設置した手すり兼カウンターからは足を投げ出せるという楽しい仕掛けもある。
自然素材に加え、毅さんが熱望したのは、銭湯気分が味わえるお風呂。ジェットバス付きの大きなバスタブに加え、風呂上りに座って寛げる休憩スペースを設けた。床材は籐を使用し、冷蔵庫、冷暖房を完備。入口には“ゆ”ののれんを付けるなど、遊び心たっぷりである。
そんなユーモア溢れる気さくな毅さんと美香さんの住まいには、近所の人々も気軽に訪れるそう。朝から、家の前に腰掛けて待っていることもあるという。
現在、ベランダの緑化計画を考え、徐々に緑を増やしているという美香さん。
「ベランダにシマトネリコを置いたら、早速近所の方に声をかけてもらって。皆さんも外から見てくれて、楽しみにしているみたいです」。
毅さんは、「ゆくゆくはベランダに川を流して、小さな滝を作って、めだかを飼う……。自然に近づくことができたら面白いよね」と笑う。地域に溶け込みながら自分たちらしい暮らしを楽しんでいる。
松澤邸
設計 アトリエ橙
所在地 東京都板橋区
構造 木造
規模 地上2階
延床面積 94.58㎡