Family
我が家はリゾートふつうの生活空間に
非日常感を組み込んで
キーワードはリゾート
すぐ近くで相模川へと合流する川の前に建つ鈴木邸。川側から見ると、周囲の住宅よりも背がやや低め。横に横に広がったその壁面は、近寄って見ると弧を描いていて、建物が川に向かって扇状に広がった平面になっているのがわかる。
川側のその壁面に横一列にずっと開口の開けられた鈴木邸の家づくりのキーワードは“ リゾート” だった。「旅行が好きなので、リゾート地にいるような生活が家でもできたらいいなと思っていました」(鈴木さん)
そして寛子さんはこの旅行をきっかけにバリをはじめとするリゾート地の魅力にとらわれた。「それからはバリに行ったりハワイに行ったりとリゾート地ばかり回るようになって、“ そういうような開放的な空気感にあこがれています” と建築家にお話ししました」
本質的なリゾート
設計時には、鈴木さんがモルジブの海に1人で出かけたり、家族でリゾートに行くようになっていた。
「その間を過ごす時間も、次のリゾート、あるいはサーフィンへのワクワク感がずっと持続していられるような空間がいいんじゃないかというお話はしましたね」とは建築家の保坂さん。
さらに、リゾートといっても、リゾート地のデザインに近いテイストでリゾート感を演出するのではなく、もっと本質的なところで、夫妻が心から楽しめるリゾートを実現できればという思いで、お2人の話をじっくりと聞き取りながら設計に臨んだという。
リゾートのための仕掛け
外観で目を引く、壁面を横一列に連続する開口もリゾートをつくるための仕掛けのひとつだろう。左右にまったく視界を遮るものがない開放感は海での体験に近いものがあるが、これを実現するためには目の前を走る電線の問題があった。
「リゾート感ということからは、やっぱり電線が目に入ってこないようにしようと思いましたね」と保坂さん。そこで電線が目に入らないように通常の2 階レベルよりも少し下げた位置にリビングを設定したが、この高さを決めるのにはもうひとつの要因があった。
「リゾートではドラマチックに周りが動いているように見えることがありますが、そういう高さを探りつつ、すでにつくられている目の前の景色をどのようにこちらへと引き寄せて融合させていくかということも設計では大事なポイントでした」
高低差をつくる
白を基調とした室内では、天井に何本も走る大きめサイズの木梁が目を引くが、サッシにも木を採用して独自のリゾート感をつくり出している。また、平面が扇形をしているため、各部屋が違う向きを向いていて、ひとつの家の中でそれぞれに趣の異なる部屋へと移動するようなプチ旅行感を味わうこともできる。
さらに、この家の中につくりこまれた仕掛けがアップダウンだ。リビングと寝室にはそれぞれその下部に外部空間がつくられているが、この2つの部屋に挟まれた子ども部屋は床面が地盤面に近く、リビングから寝室へと向かう際には必然的に家の中で上ったり下がったりという大きな上下動を経験することになる。
「ふつうに生活しなければいけない空間の中で、リゾートの非日常感を出すのに起伏があるというのは、少し面白い要素になるんじゃないかなと」(保坂さん)。視線のレベルが変わることで、場所によって外の景色が劇的に変わるだけでなく、内部でも大きな変化が味わえる。たしかにこれは、一般的な住宅では難しい体験だ。
キッチンでのリクエスト
奥さんがこだわったもののひとつがキッチンだった。「パンをつくるのが好きなので、パンをつくるスペースと、料理も好きなので、IH にして作業スペースを取っていただきたいとお願いしました。あとはオーブンをビルトインのものと普通の据え置きのもののふたつを用意していただきたいと。食洗器などの設備もつけていただきたいというのもお伝えしました」
「小学校の2年か3年のときにパン焼き器をいただいてつくり始めたら楽しくて、一人で研究しつつ今まで焼き続けている」という寛子さん。腕前はプロ並みで、鈴木家で食するパンはすべて寛子さんオリジナルのものという。
キッチンでの要望はもうひとつ。「前に住んでいたアパートだと区切られていてのぞき込まないとリビングが見えなかったので、子どもたちからこちらを見ることができて、わたしも子どもたちのことが把握できるようなつくりにしてもらいました」。もちろんこれは同時に、家族との一体感を感じられるということでもあった。
春には菜の花を楽しむ
ふつうの家では味わえないリゾート感が溢れる鈴木邸。鈴木さんのいちばんのお気に入りの空間はリビングという。「基本的には家族でここにいる時間が長いので空間的には大きく取ってもらうようお願いしました。ソファに座って外を眺めると、春には菜の花が咲いて、夏は遅くなった夕日の時間を楽しむ。冬は冬で早く暗くなりますがその時間が逆にまた良かったりで、年間を通していろんな光景を楽しめる。富士山が見えるので、その変化でも四季を感じることができますね」
寛子さんもリビングから見える菜の花が気に入っているという。「菜の花は桜が咲くよりも前の3月あたりに満開になるのですが、川べりの遊歩道の両脇が一面黄色になって本当にきれいなんですね」。取材時は残念ながら季節外れでその光景を楽しむことができなかったが、春に川側から鈴木邸を見ると、菜の花とその上に見える建物の、黄と白のコントラストが見事なのだろうなと想像した。
設計 保坂猛建築都市設計事務所
所在地 神奈川県厚木市
構造 木造
規模 平屋
延床面積 116m2