Style of Life
都心に残る平屋に暮らす先人の知恵と残したもの
大切に受け継ぎ、今に接ぐ
縁が引き寄せた家
渋谷区の閑静な住宅街。モダンな洋風建築も多く立ち並ぶ中に、築70年、平屋の日本家屋が昔ながらの佇まいを見せている。住人はキュレーターの石田紀佳さんとその夫。
「夫の知り合いが住んでいた縁で借りることになりました」。2部屋の和室と書斎、小庭に、以前の住人が残していった家財や木々、植物たちを引き継いで住まうことに。
「ここに暮らして20年、色々なところを改修、修繕してきました」。まず行ったのは表の外構。区の助成金制度を利用して、ブロック塀だったものを生け垣に改修した。開放的になった玄関側は風通しがよく、庭の緑が通行人にも供されて、近隣の景観の中に癒しと潤いを与えている。
仕事部屋を大改修
次のリフォームは、石田さんが仕事部屋として使っている書斎だった。「前の住人は数学者で、ここを増築して書斎として使っていたようです。光のまわり方がとてもよい、お気に入りの空間です」。天井が高く3方向に窓がある7畳のその部屋は、古い洋館のような風情もあり、静謐な空気感が漂う。
「高さを出すために天井を外したらアカマツの梁が現れました。白く塗ることも考えたのですが、ほこりを拭き取るだけにしました」。この空間に“何もない場所”を求めて中2階を設置。琉球表の畳を敷き、北側にやわらかい光が入る天窓も取り付けた。「ゴロンと寝転んだり、本を読んだり、そんな場所になっていますね」。
中2階が邪魔に感じられないように、床レベルも少し下に下げることに。無垢の西川スギの清潔な床に、友人の鉄作家による鉄の階段が、趣きを添えている。
残されていったものたちと
母屋には夫の書斎と寝室、台所、そして庭に面して広縁がある。「縁側は隙間風が入ってきて寒かったので、冬は敷物で覆っていたのですが、ヒノキの床に張り替えました。あとは寝室ですが、押し入れの天袋を下に付け替えました」。地袋となったその部分にはスライドできる引き出しをふたつ設け、夫の分とそれぞれに布団を収納。「使うときだけ取り出します。キャスターを滑らせるためフローリングにすることを勧められたのですが、畳の部屋を残したかったので一部分だけに木の板を張りました」。
鴨居の上の障子は、大麻の紙で石田さんが張り替えたもの。カーテンは大麻のほか、苧麻などの天然素材を用いてすべて石田さんが手作りした。「布が好きなんです。友人のおじいさんの浴衣を頂いてカーテンにしたり、着物の端切れではたきを作ったりもしています」。本棚には植物や布の専門書、哲学書など、蔵書がぎっしり。ものを探求し、思索にふけるのに恰好の場所なのだろう。
「台所はずっと改修したいと思っているのですが、配置を決めるのが難しくてなかなかできません」。これも前の住人が残していった棚にペンキを塗り、仕切り替わりに。昭和初期の匂いのタバコ盆は調味料入れに。「使えるものは壊れるまで使いきりたいと思って活用しています。断捨離をただ捨てることと解釈する向きがありますが、そんな風に自分も整理されてしまったら悲しい。縁あって自分のところにきたものなのだから、大切にしたいですね」。
自然と関わって生きる
もともと庭のある暮らしになじんできた。だがこの庭との出会いも、石田さんにとって縁が引き寄せたものだったのかもしれない。現在、「世田谷ものづくり学校」で緑化ディレクター、「自由大学」で都市菜園の講義などをする他、草花を使っての手仕事を紹介する石田さん。
「この家に越したころは畑がしたかったのですが、お花の師匠だった前の住人が植えた草花が、どんどん芽吹いていくことに心を動かされました」。サンショウ、カキ、ビワ、ウメの木に、ジャガイモ、コンニャク、シソ、ミョウガ….。この環境で育つ植物を活用して、半自給自足的に暮らす。「植物をゴミにするのが嫌で。できれば、食べたり生けたり、薪にしたいのですが…」。
この日、庭で穫れたサンショウやウメなどの食材を使ったお昼を頂いた。「サンショウの葉がおいしい佃煮になるのは、ほんの数日なんですよ」。
自然と密接につながり、関わっているからこそ頂ける滋味。「縁あって受け継いだものを大切に暮らしたいです。自然や人と関わりながら、自分とは何か探っていくことが、私の暮らしです」。心地よい風が、庭から家へと吹き抜けていた。