過去から未来へと歴史を引き継ぐ光と“空気感”、“隙間”をテーマにした家づくり

過去から未来へと歴史を引き継ぐ光と“空気感”、“隙間”を
テーマにした家づくり

1972年竣工の家をリノベーション

H邸の設計打ち合わせは月に一回ほど、1年近くかけて行われた。間取りにとどまらず、室内への光の入り方や“空気感”などについてHさんと建築家の浅利さんとの間で活発かつ突っ込んだ議論が交わされたという。

H邸は1972年竣工の家のリノベーションで、もともとは現在、隣の家に住まわれている文学者として著名なお父様が建築家の黒沢隆に設計を依頼して建てたものだった。「この家に何十年も住んだ父がわたしに“変えるのか?”と。それで今回どこまで変えるのかという話は最初の頃にありました。浅利さんのほうも黒沢さんの設計ということで気にされていましたね」

浅利さんは当初、黒沢さんの設計の痕跡を残しつつ作業を進めていたが、Hさんから「遠慮をせずに設計してください」と言われ「思い切りやろう」と切り替えた。そして、黒沢さんの設計意図を読み込み、またその後の増改築のプロセスも踏まえ、さらに「黒沢イズムを引き受けて、当時できなかったことも完成させようという思いも抱えて」設計を進めていったという。


庭側のファサード。1階右がリビングとダイニング、その左に奥さんのスペース。2階には子ども3人の個室が3つ並ぶ。


光にこだわる

H邸の敷地には、住宅密集地にもかかわらず立派な庭があった。そのためリビングを1階にすることは、早い段階に決まったという。そして1階と2階とで光のコントラストが強かったため、光のあり方が設計テーマのひとつになったのも早かった。「1階がじんわりとした光で、2階が逆にかなり明るい空間になることが予想されたので、その中でどうやって光を表現していくかが最初からテーマになりました」(浅利さん) 

そこでまず2階の屋根裏をなくしてトップライトを設け、その光を間接的に各部屋に回すことにした。室内にはそれぞれアール状になった天井・壁面を通して柔らかな光が供給される。


リビングからダイニングを見る。ダイニングの左手にキッチンスペース。梁の上に載る根太は手前のものが竣工当時のもので、奥の根太はこの既存のものに合わせて今回のリノベーションで製作された。

ダイニングからリビングを見る。奥の開口を左に向かうと奥さんのスペース、右に行くと浴室と玄関スペースがある。


1階のリビング・ダイニングでは光とともに庭へのアクセスもテーマとなった。「外に出て庭でゆっくり過ごしたいということは早い時期からお伝えしました」とHさん。さらには「今までは外の空間をあまり意識しない家だったので、庭を一体として感じられる家にしたかった」とも。

以前は現・ダイニングのコーナー部分からしか庭に出ることができなかったが、その部分から出入りすることはやめて庭側を全面フルハイトの開口とすることで、アクセスが容易にできるだけでなく、以前よりも光を多く室内へと採り込め、さらに庭との一体感もつくり出した。庭づくりは栗田信三さんに依頼。人の手が加わっていることを感じさせない自然なガーデンデザインが、住宅密集地の中では稀有ともいえる癒しの空間をつくり出している。


庭との一体感が感じられるリビング・ダイニング。フルハイトの開口を通して光が射し込む。

栗田信三さんが手がけた庭から見る。手前の階段は庭にあった大谷石を活用してつくったもの。

庭には人の手が入ってないように見えるが、自然のままに見えるように精妙にデザインされている。

庭のウッドデッキはHさんのリクエストで張られたもの。


空気感をつくる

光とともにお2人の間でたびたびやり取りのテーマとなった“空気感”。具体的には仕上げ、テクスチュアが問題となった。「1階の壁と2本の柱をどう塗るのかについては時間をかけて議論をしました」とHさん。

浅利さんは「きれいにやりすぎるとクラフトが残らなくなってしまう。職人がやることなのである程度人間の手の跡を残したかったんですが、一方で、手の跡が残りすぎると汚く見えてしまうこともある。そのあたりでの“いい按配”というのがとても難しかった」と話す。


壁の仕上げについて、Hさんと浅利さんとの間で活発な議論が交わされた。


たとえば、壁のコーナーで鏝を止める際にそこで材料の漆喰がたまってしまうことがあるため、浅利さんは「鏝を走り抜けてください」と職人に指示を出した。さらにまた、塗る際のストロークの方向も途中で変わることがないように伝えたという。

テクスチュアとともに重要だったのは仕上げの色。庭の緑の色が内部に反射することなどから1階の天井は白にほんのり緑を混ぜたという。眼には普通に白に塗られているように見えるが、そのほんのり色を混ぜるという操作もこの1階のスペースの“空気感”をつくり上げることに貢献しているのだ。浅利さんはそのようにして、Hさんが日々気持ち良く過ごすことのできる“空気感”を、普通の感覚では気が付かないようなアノニマスなものからつくっていったという。


白に見えるが天井部分にはほんのりと緑色が入っている。2本の柱は鉋をかけた上で薄い色が塗られている。H邸の“空気感”を語るうえで、家具を壁・天井と一体化して「空間化」するのではなく「置き家具化」していることもはずせない。


H邸がリノベーションであることを雄弁に物語るのが、1階のリビングスペースの2本の柱だ。Hさんが「構造上必要だったのですが、なくても成立するのであればなくても良かった」というこの2本の柱は、施工の途中まで化粧も塗装もいっさいしないという計画で進められた。  

「今はこの空間にとけ込んでいますが最初はかなりの存在感があった。僕はそのままにしたかったんですが、父には“みっともない”とまで言われました」とHさん。 

浅利さんは「汚れも付いているし、虫食いの跡もあって汚い印象だったため、鉋をかけたら木の白い面が出てきた。時間が経てば焼けて色が付くのでそのままでもいいかなとも思ったのですが、最終的には色をほんのり付けるというところに落ち着きました」と話す。


1階の浴室。Hさんの「全開できて露天風呂のように気持ちよく入れる浴室」とのリクエストを受けてつくられた。


隙間をテーマ化

この家の計画では増改築を重ねるプロセスでできた外部の“隙間”をどうするかもテーマになった。「ずっと住んでいた家なので庭のありとあらゆるコーナーを知っているわけですが、子どもの頃からデッドスペースになっている部分がもったいないと思っていた。それをうまく使えば光が採れると思いました」(Hさん)

そこで浅利さんはこの隙間を前景化することにしたという。1階は回遊できるつくりになっているが、回遊する目線の先に隙間が見えるように開口部を設け、さらに緑を植えて、これまで陰の存在だった隙間を逆に表の存在へと浮上させたのだ。


庭と接してつくられた奥さんのスペース。ほどよい暗さが心地良い。

H邸の周囲にある“隙間”の部分には開口が設けられ緑が植えられている。


キッチンから手洗いスペースに設けられた開口を通して、外の“隙間”に植えられた緑が見える。


仕事の関係から、一足先に住み始めた家族に遅れて今年の4月からこの家に住み始めたというHさん。浅利さんが意図した気持ちの良い“空気感”を日々実感しているという。

「朝起きて2階から降りてきたときにリビング・ダイニングへの光の入り方が良くて、まずほっとした気分になります。もっと前からこのように変えていれば良かったなと思いますね。空気感も良ければ住み心地もいい。機能的にも無駄がなく、毎日を快適に過ごしています」とHさん。「子どもたちは“別荘にいるみたい”と。妻に別荘の話をしたら、“いらない、ここでいい”と言われました」 

さらに「これまでの歴史を引き継いで出来たこの家がこれからどうなっていくのかも含めて楽しみにしています」と話すHさんは、すでにこの家のさらなる未来を見据えているようだった。


寝室と書斎の間にあるクローゼットの扉にはストライプデザインの壁紙が貼られている。

寝室から書斎を見る。



寝室にはアール状になった天井・壁面から間接光が落ちる。壁にかかっているのはファブリックを貼り合わせたもので、素材には吸音効果があるという。ストライプの壁紙に合う色合いを選び、奥さんが経営にかかわる会社で製作された。

南側には子ども3人の部屋が並ぶ。廊下にはトップライトからの間接光が落ちる。

トップライトからの光はその下の面で反射して、間接光として2階のスペースに広がる。



次男の部屋の天井。アール状の天井にトップライトからの間接光がグラデーショナルに広がる。

長女の部屋からは庭のカキの木が見える。

次男の部屋からはタイサンボクが見える。


お父様が暮らしている建物の脇を通ると正面に玄関が見える。

H邸
設計 LOVE ARCHITECTURE INC. / 浅利幸男
所在地 東京都文京区
構造 木造
規模 地上2階
延床面積 135.44 m2